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当世流行劇場

 投稿者:たけどん  投稿日:2010年11月30日(火)22時28分19秒
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  1729年、50才のヴィヴァルディはカール6世に作品9「ラ・チェトラ」
(んー、たぶん「la cetra」で、竪琴の一種、リラのこと)を献呈している。
会見したのは、トリエステという港町。

「皇帝はヴィヴァルディと長い間音楽の話をなさいました。
 彼(ヴィヴァルディ)一人と二週間で話したことの方が、大臣達と二年間で
 話したことより多かっただろう、と、人々は話しております・・・」
(アントニオ・コンティ神父の手紙より)

その後自身がウィーンを訪れ、その他に他の国を訪問したのだろう。
ウィーン以外は記録が残っていないのだが、
ヴェネツィアに戻っても、彼はドイツ、オーストリア、フランス、スペインなどの
ヴェネツィア駐在外交官や、本国の君主、貴族たちと良好な関係をずっと続けて
いたということなのですが。

「・・・なのですが」というのは、
それが喜ばしいお話しだとは考えない人たちがいた、ということですな。

この時代、王侯貴族に曲を献呈したり、彼らとお近づきになろうとするのは
音楽家稼業として当然のこと。だがヴィヴァルディは
「ヴェネツィア」の音楽家であったのだった。

この時代、イタリアという統一された国家は存在していなかった。
ナポリ王はスペイン王であり(副王を派遣し統治していた)、
ナポリ王国は外国人の王を頂く国をであったのだ。
南のナポリ王国ほか国土の半分ほどはスペイン、そして教皇領、
北部は共和国や貴族領だが、オーストリア、フランスの影響を強く受ける
不安定な情勢にあった。

ヴェネツィアは、トルコとの戦いに敗北して地中海の覇権を失ない、
17世紀に入ると、イギリス、オランダがアドリア海域に進出、
商業取引の拠点は、アドリア海のほかの港に移ってしまう。
10年間でヴェネツィアの関税収入は40%も減少。
政府は、アドリア海の商業利益の回復にやっきになっておりました・・・とさ。

で、ヴェネツィア政府は、ヨーロッパ各地の宮廷や町、港などいたるところに
「密偵(みってい)」を派遣。情報収集など行っていたわけです当然!
そんな中、ヴィヴァルディがカール6世と会った「トリエステ」とは、
ヴェネツィアの北方に位置するアドリア海の良港であり、
オーストリアの支配下にあり、カール6世により「自由港」とされ
オーストリアの東インド会社の根拠地とされた町でした。
このトリエステ振興策は、ヴェネツィア共和国を刺激せずにはいませんな。


この時の会見が直接の原因で、ヴィヴァルディがどうこう
されたと言いたいわけではないのですが、
共和国自体が斜陽となればなるほど、国民は享楽にうつつを抜かし
反対に政府は猜疑心の塊、となるわけです。
このような彼の行動が、共和国政府にとって面白いはずがないのです。
ヴェネツィアでは貴族(共和国なのに)が、外国人と接触を持つことは
自国の利益を危険に晒す「重大な犯罪」と考えられていた時代でした。
カール6世との会見は別にしても、
共和国内でのヴィヴァルディと各国要人との行動は
密偵の報告書として記録に残されているということです。


以上は、「当世流行劇場」の「あとがき」からの抜粋をもとに書きました。
訳者の小田切慎平氏は、<あくまでもフィクション>として、
ヴィヴァルディが政府からヴェネツィアを去るよう脅迫される顛末を
さらに過激に書いておられますので、機会があればご一読くださいませ。

まあ、当時は、暗殺など当たり前のように行われていた時代であり、
民間人でも暗殺者をやとうことが比較的容易にできたほどの時代でした。
政府がその気になれば、一音楽家を消し去ることなど造作もないこと。
実際に著名なカストラート、シファーチェが、女性問題で暗殺されています。
実際に政府からヴィヴァルディが睨まれていたのだとしても、
命を奪うまでもなかったのが、それとも出来なかったのか・・・?

確証はありませんが、政府から共和国を自主的に出るよう脅迫されていたのか?
「当世流行劇場」の著者ベネデットはヴェネツィアを去り、1739年には
死亡していましたが、兄のアレッサンドロが健在であり、彼が
ヴィヴァルディ追放の黒幕・・だったのか?

そんな想像をさせるほど、ヴィヴァルディのヴェネツィアの去り方、
(あわてて自作を叩き売って、金に換えた)、ウィーンでの客死など、
ヴェネツィア政府による危険分子の追放、と考えたくなる
ような状況ではあります。


ここまで書いてきて、ふと思ったのですが、
この時代の音楽家の状況を考えるのに、政治状況の重要性を感じましたね。
高校とかの世界史でやったはずなのですが、ほとんど覚えてないってか
理解してなかったのか。

「神聖ローマ帝国」ってのは、何なのか?
なぜ、ドイツ、イタリアが統一が遅れたのか。スペイン継承戦争に
ナポリ王国が戦場になった理由は・・・などなど。
ま、おいおいやっていきますか。とりあえず次回は、
ヘンデルとヴィヴァルディのオペラ作品自体にもどる・・・つもりでおりますが。

 
 
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