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歳の始めの~

 投稿者:たけどん  投稿日:2010年 1月 6日(水)22時16分27秒
返信・引用
  あけまして おめでとうございます。

昨年中は、大変ご迷惑をおかけしたにもかかわらず
雪中見舞い、ならびに長文にわたるご返事をいただきまして
ありがとうございました。

今年も、ビケ♪さんならびに、皆さまにとりまして
ご多幸の年でありますよう。

・・・って、7日まで、逃亡中?

むう。ビケ♪さんも危機感を持っておられたか。
実務面で、人々と向かい合っておられるなら、
より切迫したものを感じておられたかもしれませんな。
知恵を絞り出すしかありませんね。
まー、ダイレクト・メールのようなもんで、100枚配って
1、2枚の反応で当然、1割もあれば大当たりかも。

それくらい、「効率」だけで考えてたら、やっていけない分野ですわな。
(ビケ♪さんの演奏を聴きに来てくれる人たちはもっと高率だわな)
地道に、しかしあきらめない。細く長く。それが最善の道。
継続こそ力、なのだ。(語学もな)

<だらだら、いつ始めたか分からないような態度で、
 物事に取り組んではいけない。
 物事の「初めと終わり」はハッキリさせておくべきだ。
 今年の終わりに、「今年は、これだけのことをやった」と
 言えるようにして、一年を終わるべきだ。
 一年という時間の区切りは、そうして初めて意味を持つ。>

・・・てなことを、テレビで言っているのを観ましたな。
そうかもね~。じゃー今年は何をしようかね~。去年はなにをしたっけね~。

こんな風じゃ、ダメだな。今年も。
とりあえず、次回は年の最後に書くつもりだった「経済」のお話しでも
しますかねえ。ああ、まあおいらもそんなに詳しくないので、
分かりやすいお話しにするつもりですけどー。
要は、「ムダを削ることは、景気の回復にはつながらない」という
経済学の初歩の初歩、というお話しですな。
ま、おいらも経済学部では、ありませんが。

では、また。 \(o ̄∇ ̄o) ビケ♪さん、いまいずこ~?
 
 

たけどんさん、お返事です!

 投稿者:ビケ♪こと管理人  投稿日:2009年12月29日(火)10時45分35秒
返信・引用
  返信できる文字数がオーバーしちゃったので、投稿します。

うんうん、たけどんさんが危惧していること、全く同感です。
「売れるために作ったものは薄いかもしれない」。
商業的価値以外のところに、本当の価値を見出せる可能性がある。
時間をかけることの意味、時間をかけて生み出されたものの価値を、
もっと知ってほしいですね。

昔は図書館に行っても、自分の手で膨大な数のカードをめくりながら、
読みたいものを見つけましたよね。
その時間は決して無駄ではなくて、カードをめくりながら、
似たような書籍のタイトルもたくさん目に入ってきて、
「今度はこんなの読んでみよう」と、思ったものでした。

今は、コンピュータ検索で、ぽん、と目当ての書籍が出てきちゃう。
それも便利だし、本当に時間がないときはありがたいですけどね。

私は、バロックオペラに限らず、クラシック界全体が
危機に立たされていると思っています。本当に、深刻な事態だと思っています。
それでも、今年もバロック音楽講座を通して、
いままで知らなかった、新たな音楽の分野に足を踏み入れ、
自分でもCDを聞き始めた、なんていう方もいらっしゃったことは、
とても嬉しかったことでした。

要は、どんなものでも、その魅力の本質的な部分を
「分りやすく」でも「はしょらないで」伝えていくことが、必要と感じます。

来年の秋から、若い人たちと触れ合う機会も増えそうなので、
何が残せるか、試される時になるのかなー。

たけどんさん、今年も一年お世話になりました~
大雪、大変そうですね。お怪我などなさいませぬように!
2010年が、より一層充実した年になりますよう、お祈りしています!
 

ヘンデルと文化と知力2

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年12月21日(月)23時25分9秒
返信・引用
  ぬおっ!Σ( ̄□ ̄;)車がゆきだるま・・・
この3日ほど、連日、車を出すのに、いや出さなくても、
雪かきを強いられているっ。毎日だぞ。
昨日(日曜日)も午前中は雪が断続的に降り続いたので、
小康状態になった3時過ぎに雪かきを始め、1時間ほどかけて
駐車場と家の周りまで片付けてやった。 +.(人´Д`*).+゜スッキリ

ところが・・・翌日の早朝(今朝)やってきたペイローダー(雪のけぐるま)が、
道路の除雪にやってきて、道路をキレイにした代わりに、
駐車場の出口と、家の周りに、重くてカッタイ雪の塊を
山の様に残していってくれたとさ。 ビバ!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ機械文明・・・・


さて、若者が、音楽をCDやレコードというパッケージでの所有から
ネット配信による単一楽曲のダウンロードするという所有形態が増え、
それによって、音楽の形態(制作)も変わってきたという。
アタマ3秒くらい(お試し)で、キャッチーなメロディが流れるように、
でないと、消費者の購買意欲をそそらないかららしい。

おいらは「○○アダージョ」だの、「名曲集」だのを否定しない。
「名曲、名旋律」だけを聴いて楽しむのも、いいだろう。
おいら自身も、「アリア集」とかも買ってるし、それから、
ダイジェスト盤や全曲盤を買ったりもするから。

だが、若者たちは、きっと「アリア集」を買った(ほとんどいないが)としても
全曲盤を買おうなどとは、思わない。
ヘンデルやヴィヴァルディの旋律に心を奪われたとしても、
1~2時間をオペラの全曲盤に費やそうなどとは考えない。
つまりバロック・オペラの裾野は、アリア集が売れても
大して、広まらない。


そうとは限らない?
ま。中には、全曲聴いてみよう、そんな変わり者もいるかもね。
だが、若い世代に限っていえば確実に、少数派の中の少数派だ。
今は大学生でも、本を読まないと聞く。絶対的な読書量がない。
おいらも若い人たちの漢字の読めなさに何度となく出会っている。
その代わりの娯楽が沢山あるから?
単純に若者が劣化していると言いたいところだが、事はそう単純ではない。

彼らの「感性、センス」はあなどれない。というか素晴らしいものがある。
細かい所に関する微妙な嗅ぎ分ける力、表現力などけっして劣ってなどいない。
だが、
それは瞬発的、局所的なものであり、広まったり深まったりしないのだ。
一冊の本を読む。60分なりを使って一枚のCDを聴き通す。
アルバムの中の「なんということもない曲」も含めて聴き通すことで
初めて浮かび上がってくるものがあるはず、だ。
全体的な構造、かたちを把握する力・・・。
またそれを捉えるために必要なわずかな時間的な忍耐すらも、しない、できない?

分からないことがあったら「ググれ」。大変に便利だ。
だがウィキペディアなどに書かれてあることはアウトラインに過ぎない。
(たまに間違ってることもあるし)
夏目漱石についてwikiの記述を覚えたからといって漱石の何を知った
ことになるのか。○○年生まれ、代表作は××。

「近代は、時間を否定する(早いものはステキ)」の言葉の通り、
テクノロジーの発達によって、人間は知的に衰退していくものなのだなあ。

シャープな感性とやらで、触れた途端に「あ、これキライ」「これスキ」・・・?
これでは、文化は死滅する気がするですけどね?


まあ、結局おいらが言いたいことは、
興味を持った人(いるのか?)はとりあえず、ヘンデルやヴィヴァルディの
「アリア集」でもいいから聴いて欲しいです。
輸入盤とかで、結構イイものが沢山ありますので聴いて?
これだね。あ、

「声楽はちょっと・・」というA君(友人)、キミはいいや。

では、またね。
 

ヘンデルと文化と知力

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年12月18日(金)22時59分29秒
返信・引用
   ( ̄ω ̄;)おっおっ?

雪が、この時期に雪が積もった。
例年だとこの時期、初雪はまだしも、積もるというのは
ここ10年、いやそれ以上なかったのではないか。

駐車場の雪かきまでした、年も明けないうちにだ。
これでは子供の頃以来の、ホワイト・クリスマスにもなりかねん。
まったく異常なことだ。こりゃ来年は何かが起こる!(何かは知らんが)


あ~あ、年賀状の季節だよ。めん・・・いや。
今年は、ヘンデル・イヤーだったわけだが、個人的には
結構ヘンデルのCDを買った。
2枚組ならまだしも、3枚組当然、中には4枚組なんかもある。
これでは一般人には、ちと手が出しにくいね。(おいらは中古で安く買った)
あれですな、バッハに比べてイマイチ、ヘンデルが作品的に
知られていないのは、ムリもないという気がしますね。

音楽之友社の「名曲解説ライブラリー」にも、ヴィヴァルディが
あるのに、ヘンデルがないのも解せない話だと思っていたが、
ヴィヴァルディの器楽作品や協奏曲は結構、CDになっているが、
ヘンデルの主力作品である、オラトリオや室内カンタータ、
オペラを知っている人は、数多(あまた)は、おらぬだろうし、無理からぬところかも。

「アリア集があるじゃん」という言葉もあるが、ヘンデルの魅力を
手っ取り早く知るにはそれもいいかも。おいらもいくつか持っている。
「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ)」だのを聞き比べるのも悪くない。
だが、おいら的には、もう聞かなくていいし。

YouTubeなんかでアイドルっぽい美人歌手が、ごーかな
モダン・オーケストラをバックに歌っているのをいくつか見たが、もうげんなりする。
「セルセ」という喜劇において、あの歌を歌う王の、なんかオカシイぞっていうか
イカレてる雰囲気がまったく伝わらないことおびただし・・・

でもまあ、作品が本来の意味を離れて、別の文脈で受け容れられ広まるというのは、
よくあることのなので、現代においてさして問題ではないのかもしれない。
だが、いくら「アリア集」が売れても、それがヘンデルの魅力、作曲家としての
力量、ぶっちゃけ偉大さに対する理解が広まるとは思えない。
つまり、現状は変わらない。
「バッハと並ぶ、偉大なバロックの作曲家」というイメージだけで、
実際には、彼の代表的な作品、つまりは彼自身が最も力を注いだ分野に
関しては、ほとんど知られることはないまま、なのだ・・・。

ヘンデル・アリアの魅力に取り憑かれたとしても、
6,000円~1万円も出して、2~3枚組のオペラの全曲盤を買う人が増えるとも
思えない。その上、国内盤が少なく輸入盤が多いとなればなおさらだ。

どこかのばかもんのように、「イタリア語を自分で勉強しましょうか」、
などと考えつくような変わりモンは、そうはいない。
そう考えると、バッハはヴィヴァルディの作品はCD1枚にキッチリ収まって
世間に名曲として流通しているものが多いので、まだマシ なのだ。

「まだ、マシ」というのは、事態はもっと、確実に悪くなっているからだ。

もはや大多数の若者達は「パッケージ」としての音楽作品を
所有したいとすら思ってないのではないか?
いわば欲しい曲だけを「1曲、100円でダウンロード」するのが当たり前
になってしまった。
昔のように「アルバム」を「コンセプト」に基づいて制作するという
意味が無くなってきてしまっている気がする。
アルバムを作っても、消費者が「その中の気に入った1曲だけ」しか買わない
としたら、コンセプトに一体何の意味が、ある?

しかも購入した曲賞味期限は短い。
人々は「新しいもの」から「もっと新しいもの」へ次から次へ飛び移って、ゆく。
モーツァルト・イヤーでも、彼の「作品全集」はほとんど売れなかったという。
一方で、「アダージョなんとか」みたいな、
作品のサワリ(曲のヤマ場:サビなどと呼ぶのは間違い)や、
きれいなメロディーを集めたCDがヒットしたりする。
交響曲や、協奏曲の一楽章だけを取り出して、うっとり聞いて、
それでいいのか?
全体を聞いて初めて意図された意味が分かるもんじゃねーの?
そりゃ、それに意味がないとは言わないし、おいらもそれ、やるけど・・・さ。

(商売的には、十分、意味あるわな)

初回は短めで、つづきます~。
 

間違えました

 投稿者:奈央  投稿日:2009年11月19日(木)01時08分38秒
返信・引用
  > No.332[元記事へ]

最初のURLは凸日記でした(汗)
携帯電話で見られます

改めて写真メインのURL入れておきます
すいませんでした

http://yaplog.jp/nawoo614/

 

こんばんは

 投稿者:奈央  投稿日:2009年11月19日(木)01時05分45秒
返信・引用
  どうも読み逃げの奈央です(笑)
お元気ですか?

パソがおNEWになりまして
ネットに繋ぐ時間が増えました
さらに一眼デジを購入し
写真意欲も増しております
お時間のあるときに遊びに来てくださいね

あ、日記では奈央→奈生と漢字が違います(汗)

http://moblogging.jp/nawoo614

 

中途半端にイタリアーノ

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年11月 5日(木)22時48分39秒
返信・引用
  やべえ、またこの季節が来ちゃったじゃん。 (ノシ`Д´)ノシ
うかうかしてたら、すぐ年末 じゃん。

と言う訳ですが、
ビケ♪さん。妹さんのご結婚、おめでとうございます。

人生の門出、様々な出来事は、人間に鮮烈な記憶と印象を刻みつけ、
一気に、その人間のすべての感情を染め上げてしまうかのように思えます。が、
やがて、それは時と共に、心の中に溶かし込まれ、醸され、
人間に新たな色味と深みを、与えることになるわけだし。

今はただ、湧き出でて、止めようのない感情に身を任せるのも、また
善きかな、善きかな・・・。

さて、図書館に行ってみたらなんと、ドナルド・バロウズ編「ヘンデル」が
あったので借りました。(ワリと新刊!)
延長したので、もう3週間も借りている。
しかしじっくり読んでる時間が ない。専門的な事項も多いし。
論文集だな、こりゃ。

イタリア語も、ちょぼちょぼやっとりますが、継続は力なのだ。
最近やっと、定冠詞が、母音で始まる名詞の複数形のときは「l'」で、
母音で始まる名詞が複数形のときは、「gli」だ、とか。
s+子音、あるいはzで始まる名詞に付く時は「lo」で、複数形はまた「gli」だ
ということに違和感がなくなってきたし。
しかも女性名詞には、「s+子音とzで始まる」とかの区別は無いし、っての
にも違和感が無くなってきた。
これ、参考書とかテキストだけで覚えようとするのツライっすよね。
知らない人の名前とか電話番号って、覚えられませんよね。
「知るしかない、その対象を」・・・慣れるしかない、慣れるしか。
見飽きるくらいに。

しかしイタリア語をはじめて良かったのは、本を読んでて引用された本の
原題とか()内に書かれたヤツを、「飛ばさなくなった」ことですな。
まあ、全部読める訳ではないですが、英語なのかドイツ語なのか、
イタリア語かくらいは区別付くし、イタリア語なら読み方はわかるし
ってとこですが。


しかしイタリアに対して、おいら自身、あんまり行ってみたいと
思わないのには驚かされまするな。
「テレビでイタリア語」とかその他、イタリアを紹介している番組とか
見たけど、「行ってみてえ!」とは、あんまり思わない。
古代ローマとか、ルネサンスとか、建築、絵画とか興味あるし、
ビデオとか、すかさず録画するんだけど、行ってみたいと思わないのは、なぜだ?
イタリアには、「ドロボーと浮かれたヤツラとマフィア」しかいねー、
と思ってるからだろうか? Vattene!ヽ(`Д´#)ノ 失せやがれっ!

ヘンデルは、イタリアでは何と呼ばれていたのか?
ホグウッドの本にも書かれていたが、ヘンデル本人ですら自分の名前の綴りが
時によって違った、そうだ。
イタリア語では「H(アッカ)」は発音しないので、
エンデル氏、アンデル氏、それともアンデレ氏ってとこかな。
「じょるじょ、あんでれ」とかか? (* ̄m ̄)プッ印象違っ!

イタリアで修行して、英国で稼ぐ。
これが当時の音楽界の出世街道だったのだろう。
イタリアも「スペイン継承戦争」のあおりとか、英国でも
内乱が収まったばかりで不安定な状況だったとか。
ヘンデルは英国に帰化したが、信仰はプロテスタントを守り抜いた(よな?)。
音楽家といえども、政治的状況と切り離しては、語ることはできない。
例えば、
バッハがポツダムの宮廷に出掛けていったのも、単に
「孫の顔が見たい」というだけだったのだろうか?という疑問もある。
バッハがポツダムへ向かう一週間(だったか一か月)前にライプツィヒは、
プロイセン軍に占領されていたのではなかったか?
バッハの主君に当たる選帝候(ドレンスデンの宮廷作曲家の称号を得てるので)は
プロイセンの大王とは、対立する派に属していたわけだが。
ここでポツダム訪問と、ドレスデン宮廷作曲家の称号獲得の
両方に噛んでいる人物がいる。それはロシア駐在大使のカイザーリンク伯だ・・・。

しかし、バッハが何らかの政治的目的をもってポツダムを訪問したなどとは、
推測の域を出るものではない、ってか考えにくい。
ただ、言えることは、
ポツダム訪問が、「何の準備もなく」行われたワケではない、と
いうことだけである。

とまあ、作曲家の生涯も、当時の政治状況と切り離せないのは
ヘンデルも同じ、いや、特に顕著かもしれない。
よくもまあ、イタリア語なんぞちっともワカラン英国人を前にして
イタリア語のオペラなんぞ書き続けたもんです。
しかも観客は、気に入った歌手のアリアにしか興味がなく、
他の部分では、もの食ったり、カードしてたりとか最低だおまえら。

とにかくバロック・オペラは、歴史上の人物を取り上げてても、
史実なぞ関係なし、辻褄がヘン。
ただただアリアとレチタィーヴォを繋ぐのが物語の骨格ってか、
この人物がこのアリアを歌う理由は、こういう状況だから
ってのが分かればいいのであって、
物語全体としての構成など、二の次というわけだ。
と言えば身もフタもないが、ちゃんと構成されている作品もわりとあるの
で安心しても、いいではないだろうか? (弁護になってない)

「あ~いい曲だな、嘆きの感情が表現されてるな~」と思ってたら
まーたまた頭から繰り返す、評判の悪い
「ダ・カーポ・アリア」(おいらは、嫌いじゃない)も、言わば
「歌手の即興」を披露するための曲なワケで、
クソまじめに同じことを繰り返すなんて、ありえないことなのだ。
この辺で、歌手のセンスとか、適性とか合う合わないもあったりする。
CD聴いててそう思う。
アリアが、歌手の技量を発揮させるためのものだとはいえ、
あまりに勝手が過ぎると、「窓から放り出すぞ!」となるわけだが。
(事実、ヘンデルがクッツォーニを投げようとした)

まだまだ歌詞カード見てスラスラ分かるわけではないので、
併記されている「英訳」に逃げたり、「歌詞なんかいーや」になったり
してますよ。(だからダ・カーポが気にならないのだな?)
いくつかのアリアをMP3プレーヤに入れて、走る時に聴いたりもしてます。
(ロックやアニソン、バッハと一緒にな!)

もう少し、イタリア語もヘンデルの本も進んでからの方が
まともな文章が書けたかもしれない。が
そうでもないかもしれない。たけどんの文章なぞ
いつも「未完成」だからだ!

まあ、ビケ♪さん、皆さんも、
これからの年末のスパートに備えて英気を養っておいてくださいまし。
たけどんは、このままのペースで年末に突入する所存です。
では、またね~。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

あ、インフルエンザには、気をつけましょう!
大事なのは、手洗いと、口内を清潔にすることらしいですよ。
うがいだけでは十分ではありません。(歯科医の間では常識らしいです)
 

バッハの顔

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年 9月29日(火)23時42分9秒
返信・引用
  秋ですねー。外出に、もう半ズボンは限界かも。(でも家では穿いてる)

国体がはじまりました。
全国の皆さんには、ほとんど関心がないと思いますが、
地元ではそれなりの関心を集めていますな。
おいらも何か一つくらいは競技を見に行きたいと思っています。が!
問題なのは、おいらの市内でも陸上競技場が隣接する競技会場の
「駐車場」として使われてしまい。おいらが走れないことですな。

この日曜日も、いつものコースとは別の、気分良く走れる所を探して、
田んぼの中からバイパスを回る道を走ったのですが、クルマあぶねえ。
歩道がある所はいいけど、無い部分もあって、引き返すにはもう
かなり走ってしまっていたので仕方がない。
MP3プレーヤしながら走ってたんだけど、なんか市内中、
パトカーが走ってるし。怒られるかなと思ったけど、
素通りしてくれて。ほっ・・・(〃 ̄ー ̄〃)てへへ

つま先が痛くなったので、12kmほど(たぶん)走って止めましたが、
シューズを脱ぐと、左足の親指の爪が「黒い」。
爪の下で、内出血起こしたのですな。これはシューズが合わない時に
起こるんですけど、(小さくても、大きくても起こる場合がある)
こんなの小学校の遠足で、7kmほど歩かされた時、以来ですな。


この9月に、ホグウッドの「ヘンデル」と、「ヘンデル オペラ・セリアの世界」、
「ロッシーニと料理」とかを読んだ。
読んだ時は、なんとなくヘンデルの生涯が分かった気がしたが、もう忘れた。
あれですな、ヘンデルはオペラの作曲家ですな。
あとの器楽曲は、オペラのつけたし、オマケ。(言いすぎか?)
自分のオペラが英国でうまくいかなくなったからオラトリオに変えたけど、
やっぱり中身はオペラ、みたいな。
ヘンデルについては、絵画だけでなく、彫像なども生前から複数
残されています。さすが有名人ですな。

ちなみに、ヴィヴァルディも複数の肖像画が残されていますが、
真正といえるのは、横顔をスケッチ風に描いた鷲鼻のアレだけらしいですな。
正面を向いて、ヴァイオリンを持っている絵は、本当は誰なのか
判明していないらしい。コレルリかも・・・みたいな説もあるそうで。

ヘンデルは生前および死後も有名人、後世の作曲家などもヘンデルを賛美する
方々が少なくなりようですが。
ハイドンやモーツァルトなどのヘンデル賛美はまあ、おざなりってか
外交辞令みたいな部分もあったようですが、ベートーヴェンは本気(マジ)
だった(?)みたい。

ヘンデルの名が会話に出ると、大袈裟に「おおっ!」と跪いたりして。
ある人に「じゃあ、あなたはヘンデルの何かスコアを持っているのか?」と
聞かれると、
「そんなもん、オレが持ってるわけねーだろ!持ってたらどんなに素晴らしいか」、
と答えた。そしてその人にスコアをプレゼントされて、大はしゃぎだった、とか。
「オレも晩年はオラトリオだけを書く作曲家になる!」とかなんとか。
彼は一体、ヘンデルのどんな作品を知っていたのでしょうか?
本には書いてませんでしたね。
ヘンデルは19世紀にもウケる。派手で豪華な作品を残し、一方
バッハといえば、出版された作品も少なく、玄人筋か、
ピアノ教則用の作品を作曲したとしか知られていなかったし。

有名人には、後世になって作られた「逸話」が添えられるのは
よくあることなので、どこまで本当なのかはわかりません。
それはロッシーニも、そうでした。
それとは別に「有名人の言葉」も、鵜呑みにはできない場合があります。
ベートーヴェンのヘンデル賛美は、その通りなのでしょうが、
逆に、バッハを評価しなかった後世の作曲家達の言葉も残っていますな。

ベルリオーズは、バッハの「3台のピアノのための協奏曲」を
ショパン、リスト、ヒラー(フェルディナンド)が演奏するのを聴いて、
こう述べてます。

「この、こっけいで愚にもつかない賛美歌を再生するために、
 情熱に燃え、若さ満ちあふれる三人の称賛すべき才人が結束するのを見るのは
 まさに、胸痛む思いだった・・・」

・・・あれまあ。 (ノ; ̄◇ ̄)ノ エエエエェェェェェ-?

おいらもこれを読んだ時は、「ふざけんなベルリオーズめ」と思ったものです。
プロの音楽家でも、バッハの価値を認めないような者もいたのかと。
チャイコフスキーも「世間が考えるような大作曲家とは思っていない」と
バッハのことを、述べていましたな。
さておきベルリオーズは、「粗野でバカバカしく、非合理な」対位法書法が
嫌いだったようで、「野蛮人の饗宴とか、悪魔の踊りを描くのにもってこいだ」
とまで言っていたのでした。ところが・・・。

クセジュ文庫にある「フーガ」という本でこんな記述を見つけました。
サンサーンスの言葉です。

「過日、氏(ベルリオーズのこと)に、セバスティアン・バッハの合唱曲を
 お聴かせした時の驚き、魅了されたようなご様子を私は今も覚えております。
 偉大なセバスティアンがこのような作品を数多く書いたことが、
 氏には信じられなかったのです。
 今までこの楽匠のことを、学問的だが魅力や詩情に乏しいフーガ
 を量産した秀才型の大作曲家に過ぎないと思いこんでいたと、
 氏は告白なさいました。つまるところ、バッハを御存知なかったのです・・・」
(文庫クセジュ「フーガ」P109)

古典派、ロマン派の作曲家達は、バッハの器楽曲しか知らない者が
多かったのでしょうな。しかし現代のおいらたちもそれを笑えません。
ようやくヘンデルやヴィヴァルディのオペラなどの声楽作品を
ロマン主義的な解釈抜きで、鑑賞できるようになったばかりですし。
おいらも、このところヘンデルの「アルチーナ」「リナルド」「ロデリンダ」、
ヴィヴァルディの「狂気を装うオルランド」「救われたアンドロメダ」などの
オペラを買って聴きました。え?歌詞?イタリア語・・・・まだ分からんし。

でもロデリンダの中のアリア「Dove sei」は分かりましたな。(タイトルだけ)
例文で「Dove vai?」(どこ行くの?)てのがありましから。
まだ勉強中ですな。この10月からNHKラジオも新しい講座が始まりました。
また初級講座。アルファベットから繰り返します。前回は6月からはじめたので
途中からだったし。

で、バッハ。またやっちまった買ちまいましたよ、ええ。
「フーガの技法」(大井浩明:クラヴィコード)。
ライナーノートのインタビューが興味深いです。音楽家も音楽以外の
「教養」ってものが、その人間の厚みを生み、たぶん作品にも影響を与えるんだな
というのが分かるインタビューでしたね。表現方法の引き出しを
沢山持っていた方が良いに決まってますよね。
演奏は、起きがけや寝る時に聞いたりしてて、まだ聴き込んでないし。 ( ̄ω ̄;)

で、このジャケットの「かつらを取ったバッハ」のイラストは、
バッハの頭蓋骨から解剖学者が再現したCGです。
アイゼナッハのバッハハウス(だったかな?)には、実際にCGを元に
造形した胸像があるらしい・・・ライプツィヒだったかなあ?
(調べてから書けよ)
ネット上では正面から見たCGが見つかりましたが、その他の画像もあるかも
しれませんよ。
頭蓋骨から再現された像は、彫刻家ゼフナーが石膏模型に肉付けした
ものがありましたね。
バッハの肖像画と言われるものも複数ありますが、真正なのは
ハウスマンが描いた、「音楽学術交流協会」に提出した絵だけですな。
これは2種あって、一つはドイツに、もう一つはたしかアメリカ人の個人所有のはず。
その他の壮年期や青年期のバッハといわれるものは、確証がありません。


真正の肖像とくらべるとこのCGのバッハは、
ちょっと笑っているような困っているような? 複雑な表情を
しているように見えますね。
「厳しい、峻厳」などと作品も含めて表現されるバッハですが。
それら従来のイメージよりも、人間らしい一面を写し取っているように
見えるのですが、いかがでしょう?

(めずらしく一回で終わり)
 
    (ビケ♪こと管理人) たけどんさん、お久しぶりです~!
mixiの「畑」とかアメブロとかに手を染めてしまい、
母屋もブログも手薄状態で・・・反省しております・・・

さて、かつらを取ったバッハの肖像、
あ、普通のおじさんじゃな~い?って感じがしました。
近づき難い感じではないですね。
顔立ちは、さすが、骨格が調査されているので、
石膏模型に肉付けした、あの彫像に似ていますし、
残っているバッハ当時の肖像画は、よく特徴を捉えていたんですね。

明日は、ヘンデルのお話をしてきます。ホグウッド、私も頑張って
読みました。せっかくのヘンデルイヤーですから!
(にしても、やっぱりチェンバロの良い曲って、少ないのですよね~)
 

おいらと民主主義2

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年 9月15日(火)21時02分31秒
返信・引用
  あ、ブォン ジョルノ トゥッティ。ソノ たけど~ん。コメ スターテ?(ちゃんと書け)

うー。続くとしてしまったは、いいが。
どう書いて良いかわからん。 クマ(´・(ェ)・`)った。


総選挙は何時でも「政権選択の選挙」なわけだから、
選挙の争点が「政権選択」ではおかしいわけだ。
自民、民主両党のマニフェストなんぞみても
違いなぞ分からない。分かるわけがない。
両方見ても「ウチが政権取ったらコレあげます、アレあげます」。
あきれたことに、やってたのは、国民に対する<サービス合戦>か?

政権選択なら、「日本をこれからどういう国にする」というビジョンが必要
なはずなのだが、国民が注目したのはそこではない。
民主が勝てば「子ども支援だ、高速道路フリーだ」などと、
信用している人間が、大多数だったとも思えない。
とどのつまり「自民はダメだから政権交代を!」という、
マスコミの報道にウマウマと乗せられただけ、だった気がする。

「国を壊すな」だの「自民党にしかできない」だの、今までやるべきこと
をやってこなかったくせに、今度はやりますという自民党。
財源も明確にできないのに、お手盛り政策で耳目を引きつけ、
真意を隠したままの民主党・・・どっちもどっちだ。

中選挙区制はカネがかかるが、小選挙区制にしたら
政策論争で政権が決まるっての、ウソじゃん。
結局今回でも分かるように「どちらのサービスがより上か」になってしまう。
「むこうがアレをするなら、こっちはコレを差しあげましょう・・・」?
もっとも、どの政党の戦略も「サービス合戦」として設定されて
しまっていたのが問題なのだが。

国民が舐められきっている証拠、ですな。(▼O▼メ) なめんなコラーー!!


もっともサービス合戦の前に、「テレポリティクス」
(テレビを意識した政治)によって、勝敗は決まっていたのかもね。
つまり、世論調査によるマスコミの誘導と、それに煽動され、政策、政局の
混迷を招いた政党政府の無定見によって、だ。
(政策に対する確固とした信念がない)

つまり、これはテレポリティクスによる「直接民主制」、なのだ。
世論調査によって政権、政策を動かすことができる、ということは、
その世論を形成するものが、政策のキャスティング・ボートの握ることができる。
それは、つまりマスコミというわけだ。
これは非常に危険だ。
民主主義とやらの改良版であるはずの、間接民主制(代議制民主主義)が、
これによって、無効化されることになり、政策はより
俗情に沿ったもの、あるいはその時期の一般大衆の空気により
左右されることになるからだ。

選良による確固とした、未来を見据えた政策など吹き飛んでしまうことになる。
政治には、国民に不人気なものでも、未来のためになすべき政策がある。
それがまったく実現不可能になってしまい、国民の耳目に惹きつける
おいしい政策を俎上に載せるしかない、ということになるだからだ。


今回の選挙で落選した自民党議員が有権者からこう言われたという。
「で、自民党は何をしてくれるの?・・・」
好景気が悪いと経済政策重視も重要だが、民主党に経済政策ってあったか?
バラ撒き政策だけじゃん?
それよりも「総選挙は、いつでも政権選択選挙」なのだから、
この先日本の行く末をどうしたいという政策があって然るべきなのだ。
民主党は友愛で「東アジア共同体」か?・・・おいおい。
これに関する情報はマスコミは報道しないし、国民も重視していなかったかもしれない。

政権が国民に何をしてくれるか?ばかりを問う・・・。
今現在生きているわれわれが良ければ、安楽であるならば、
それがスバラシイ政治・・・。
商売が上手くゆくためならば、相手国で少数民族が弾圧されようとかまわない。
相手と上手くやっていくためならば、自国も歴史も貶められても構わない。
相手と対立することはマズいから、主張することはしない。

今生きているわれわれが<国民>なのだから、
<われわれの声>を反映するのが「良い政治」なのだ!・・・。


・・・そうか?
では、「これから生まれてくる子どもたち」は、国民ではないのか?
彼らに、負債を残し続けるような政治をすべきではない。
われわれは、何を守り伝え、どのような日本を手渡すべきか。
そんなものが今のわれわれに、あるか?

これまで国を造ってきた先人たち。彼らは国民ではないのか?
われわれが今あるのは、彼らがあったがゆえであるはず。
何かが、誰かが違ったら、いまのわれわれは存在し得なかった。
この国の姿も違っていたはずだ。
ならば、われわれは彼らから受け継いだものを守り、次の世代に
渡していく義務があるはずだ。

だからおいらたち(←いきなり)は、政治(国政)を考える時に
物言わぬ先人たち、そしてまだ生まれこぬ子どもたちの「声なき声」を
聞かなければならない。
今現在の自分たちだけの利益を考えるだけで、よいはずがない。
「墓の中の先人たちも、まだ生まれていない子どもたちも、一票を持っている」。
その想いを背負ってこそ、現在のおいらたちは国民(有権者)として
の価値があるとおいらは考える。

それに対して、どの政党も明確なビジョンを提示できたところはない。
(個々の候補者はその限りではないが)


戦後60余年、日本は悪い国だったのから・・・と、どれだけのウソが
メディアや学校教育で垂れ流されてきたことか。
ま、これについては、今回は語らない。
だが今も、このGHQ(東京裁判史観)体制は、強固なままだ。

だが百歩譲って過去に悪いことをしたとしても、また現在の商売に
差し障りがあるからといって、今現在弾圧され殺されている少数民族が
存在しているのに非難の声を上げられないどころか、報道すらもしないというのは
どういうことだ?
東トルキスタン(ウズベキスタン:新疆ウイグル自治区)では、
これまで46回以上にのぼる核実験を強行されている。しかも
地下ではなく表層でのメガトン級(ヒロシマの数十倍から百倍超)の規模でだ。

これによる死者、放射線の影響は計り知れない。しかも、
これはNHKが「シルクロード」で放送した楼蘭の周辺であり、
(番組取材前から実験は行われている)
番組の影響でかなりの日本人が旅行者として訪問しているが、
ここは、核実験場として、非常に危険な地域なのだ。
だがNHKは一切そのことについて報道はしていない。

この8月、世界ウイグル会議の日本支部は、ヒロシマの反核デモに参加を表明した。
だがこの参加は、主宰者によって断られてしまった。
ウイグル会議のメンバーは、反核デモが通り過ぎる道路の端に立って、
彼らに応援の声を上げるしかなかった。
なぜだ?
反核、平和を訴えながら、なぜ中国の核に反対を表明することは御法度なのか?
かれらの訴える「平和」とやらの正体が透けて見える。
かれらが反対なのは「アメリカや日本の核」、なのだ。
彼らの正体は・・・?

(次のファシズムは「平和と戦争反対の声と共やってくる」とはこのことだ)

この7月のウイグル暴動について、
岡田幹事長は言った「東トルキスタン問題は中国の内政問題だと理解している」。
なぜ暴動(実は無害なデモを武力弾圧)が、起きたと思っているのか?
友愛で外交をし、在日外国人に選挙権を与え、
差別(だと自らが判断した発言)を弾圧(「人権擁護法案」)し、
「東アジア共同体」を構築するか。
いったい、誰のための「友愛」なのか。
何も考えていないスローガンなら、最も危険だ。相手に利用されるだけだからだ。


おいらは運動家でもなんでもないので、
「ウイグルのために立ち上がれ」だの「できることをやってくれ」だの
言うつもりはない。だが
今現在でも人が殺され、帰ってこない息子や父親を待ち続ける人々の
叫びを無視し「友愛」などとほざいて、抗議もしない政権を支持することはできない。
今、生きている自分たちだけしか考えてない政治以外の何ものでもない。
こんなものは、未来の子どもたちに誇れる国ではない。
これは前自公政権でも同じだ。
自国の国民が現在も拉致されているにもかかわらず、選挙において
一切の言及もしなかった政党を支持することなど、できない。

自公政権は賞味期限切れだが、民主政権は、いまだ未知数の部分が多い。
鳩山代表はお飾りに過ぎず、民主党自体も寄り合い所帯で、一枚岩ではないからだ。
ひょっとしたら、拉致事件に関しても何らかの動きがある?、かもしれない。
(期待はできんが)
怖いのは、社民党が政権離脱した後(多分そうなる)、
公明党が政権参加した場合だ。今は不可能だが。
もう誰も友愛政治を止められない・・・。

とりあえず来年の7月の参院選がヤマ場。ここで民主党が過半数を
取ってしまえば、あとはやりたい放題。それまでは安全運転なのだろうが、
そうウマくいくか、どうか・・・。


まあおいらも含めて、「今の自分やその周り」が良ければいいのさ~的な
劣化してしまった日本人と、その国民の欲望につけ込んだ
マスコミの誘導によって、すばらしい政権が誕生する(かもしれない)わけだ。
芯を失ってしまった者は、容易に周囲の情報に紛動されやすくなるというわけだ。


「彼らを統治するには『統治しているのは自分たちである』と思いこませること」、だ。


今回ちょっと、頭痛かったね~。 ヾ(´・ω・`)ノシ またね~!
 

おいらと民主主義

 投稿者:たけどん  投稿日:2009年 9月 8日(火)21時42分47秒
返信・引用
  はいっ!
民主党が大勝しました。300議席超。まあ予想通りの結果っ!
マスメディアの「浮かれよう」ったら、ないですな。
大マスコミの力で、民主党をいわゆる「第二自民党」だと
一般国民に思わせることに成功したわけですから。
まさに、メディアが勝利した選挙、といえましょう。
ま、実態は「第二社会党」なんですけどね・・・事務局が
(法案作成などを担当するとこ)。 Σ(=゜ω゜=;) マジ!?

今後の政界の動きについては、まあ置いときましょ。
小沢一郎がいったい何を考えているのかが、今一つ明確ではない
(ってか、政策ビジョンなどナイ、という説もある)ので、
どのような政策が実行されていくかは不明なのですな。

さ~、あまり政治的な話題が続くのも、なんなんですが、
前回の補完をしたいと思います。
前回「民主主義を普遍的な価値として持ち上げるのはいかがなものか」、
という論をおいらは述べたわけですが、違和感を持たれた方も
おられるかもしれませんな。
「じゃー、他になにがあるってぇんでえ!」「君主制のがいいってか?」
「独裁や全体主義よりマシだろ」ってなもんですな。

考えてみれば分かるんですが、「民主制」と「君主制」は矛盾しません。
日本、英国がそうですな。
また、君主制(立憲君主制)よりも共和制がより進んでいるとも、一概には言えません。
また、独裁や全体主義は民主制からも、生まれるものだ、ということです。
民主主義を「国名に謳っている(謳っていた)国」の多くに
「民主制」はありませんでしたね。これはまあ全くの「プロパガンダ」
でしかありませんが。
またナチスドイツは民主的なワイマール憲法下から
誕生し、政権を掌握後独裁体制を敷きました。国民の絶大な支持の下に。

考えておかねばならないことは、
民主制は、放っておけば「衆愚」政治となりやすく、安易に「完全民主制」
(すべてを民意によって決定する)が理想とは言えなくなります。
「国民の目線で政治を、主婦の意見を国政に」・・・など
全て実現すればどうなりましょうや?
誰だって、税金を取られるのはイヤだし、便宜特権を得られればウレシイ。
しかし、利害というものは衝突するのが常。
それで国政を運営することはできません。

単に多数決が民主主義であるならば、それは多数派による専制、に
ほかならなくなりますな。そこで、「議会制民主主義(制)」が登場します。
これは民主制の<改良版>といえるもので、前にも言いましたが、その要諦は、

 ・・・「国民の民意を、<直接には>政策に反映させない」という事。

政策の決定などを、それをするのに相応しいと思われる人間を選ぶ。
ゆえに議員は「選良」と呼ばれるわけです。(いかにも虚しい言葉だが)

ここまで、はあくまで「原則論」で、つまり
システムの外側、容れ物というわけで、何かに入れる「民意」
というのがどのような質を持っているか? が、
その政体(国)のレベルに関わってくるわけですな。


民意の質、これがその国の政治の質を決めるものであり、政治制度が
「民主制」を取っているからといって、政治的に進んでいることにはならない。
たとえば・・・。

「資本主義」というのは、プロテスタント的な倫理観の上にあってこそ
発展する経済なわけですな。どういうことかというと。
それはつまり、「嘘をつかない」「約束を守る」「勤勉」などの精神風土の
上に、大きな花を咲かせるというわけです。

それを形だけ、取り入れたらどうなるか?
儲けるためになら相手を騙す、約束を守らない。大きくなったモン勝ち。
まるで今までのアメリカ、中国(現代日本もか?)のようですが、
そういう倫理を無くしてしまった「資本主義」こそ「帝国主義」
と呼ばれる化け物になったわけですな。
勤勉という道徳がない所では、いくら先進的な機械を導入しても発展は起こりません。
とある国では、機械化によって生産が上がり、経済が発展して
国民の生活が楽になる・・・ハズが
彼らは「機械によって生産性が上がった分だけ、仕事をしなくなった」のですな。
これでは、何も変わらない・・・。

というふうに経済でも、政治形態でも、「哲学(ちょっと固いか)」や
「倫理」のない所に、カタチだけ導入しても意味はない、
ということですな。

だからたかが「政治形態」に過ぎない民主制を「民主<主義>」などと主義(イズム)
で語り、それが世界に広めるべき普遍の真理だなどと考える。
あるいは、民主制を取っていれば、進んだ政治形態だ、などと考えるのは、
愚の骨頂。
それはあくまでも、「容れ物」であり、
中に入れるべき党外国民の「民意の質」、あるいは国民の倫理、道徳、国民性の質が
重要だということになるわけですな。
容れ物が立派でも、道を間違えば容易に「独裁」、「全体主義」に陥るということです。


まー、おもしろくもねい話になりましたが、では
おいらたち日本人は、どんなふうにこの「民主主義(あ、言っちゃった)」を
使いこなせばいいのか? その容れ物に何を入れるべきなのでしょうかね?

偉そうなことを言うつもりもないけど、つづく ←(゚Д゚;)まじ?
 

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