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ヤフオクしてみよう 1

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 9月22日(月)19時11分12秒
返信・引用
  「もの」が高いですな。なんででしょうかね。
でもようやくガソリンが170円割れで、下落してくれました。
150円くらいにはなって欲しいもんですが。

しかし石油が上がると、なんでもかんでも上がりますな。
そして、一旦上がったもんは、なかなか下がりません。
アメリカはモノ作りが崩壊し金融にシフトしたのに、その金融も危ない。
イギリス、韓国は金融で経済は崩壊寸前ですか。中国はもうバブル崩壊。
ロシアも石油価格下落で80ドル割ると、もう油田も採算割れですな。
さて世界経済は、この先どのような方向に進もうとしているのか?

分かりませんな。おいらにゃ。

そんな中で、おいらはマックの「ACアダプター(電源コード)」が欲しいわけですよ。
でも、まともに買ったら1万円くらいするにちがいない。(たぶん)
で、思いついたのが「ヤフオク(ヤフーオークション)」ですよ。
お安く必要なものが手に入るという、庶民の味方なわけだが・・・。

「・・・オークションなんぞ、したことねえ!」


ヤフオクで調べてみるとアダプターは5,000円くらいで入手できそう。
ヤフオクのIDは、随分昔に取ってあった(無料)のだが、
なんでも、4,000円を超える入札には一定の料金(保証金)を払う
プレミア会員だったかにならないといけないらしい。
おいらもIDは取ってあるけど、入札一回やっただけで、落札まで
いったことはない。それももう何年も前の話・・・。

考えてみれば、落札したらしたで支払いはどうなるんだ。
そりゃ出品者の項目見れば銀行引き落とし、着払いとか書いてあるけど
落札したら相手からメールが来るのか? そんで自分の住所だの何だの
教えて、それから支払方法はこうで、ホントに品物は来るのか・・・?
めんどくせー。心配だ~。不安だー。
なんだか、やるのがイヤになってきた。

とりあえず、「初心者のためのヤフーオークション講座」を読んでみたよ。
あー詳しく書いてあるね~。でも眼がちかちかする。
各用語に下線が引いてあって、リンクが張られているワケだ。
「はじめよう」から「落札する」、「出品する」、「落札品の発送方法」、
「入金、出金方法」など、細かく説明してくれている。
だが、読むのめんどい・・・(正直なところ)。


とりあえず、初心者は安いものを落札して、慣れるほうがいいみたい。
それに「出品者」「落札者」とも「評価」ってのがあって、
良かった、悪かったなどがコメント付きで残され 点数が付けられるのだ。
つまり、落札者は、出品者の評価をあらかじめ見てから入札することが
できるようになっているのだ。
良い評価は(一回の案件に付き)+1となる。悪い評価の場合は-1。
つまり、評価の数字が単純に大きい方が、
多くの落札者からの評価が高い、「信頼できる出品者」ということになる。

当然、落札者側も、出品者より「評価」されることになるわけだ。
{え~、落札して、品物が届いた後でそんな手間あんのか~」と
思った。(その時は)


とにかくやると決めたからには、少々面倒でもやらねば。
くじけそうな時は、人に話すに限る。
「お、おいら今度、これこれやることにするよ」って。
一人で決めて、一人であきらめるのは非常に簡単だから、
他人に宣言してしまうのだ。
「おい、得意げに言ってた、あれどうなったよ?」って
ニヤニヤ面で言われるのって、イヤでしょ?

おいらも友人に言ったね。「おいら、ヤフオクすることにしたぜ」(そんな大層なことか?)
そしたら、彼イワク。
「へー。じゃーさ、オレのノート用のメモリ落としてくれないかな」
彼のノートは、XP搭載マシンなのだが、メモリが256Mしか乗っていない。
windowsXPで、256Mはキツイ。512Mは最低欲しいところだ。
マシン自体がかなり古めで、やっとXPが動くという代物なのだ。
メモリスロット(メモリ差す場所)は2か所、しかも最高で512Mまでしか
認識しない。
つまり256Mのメモリを二枚、欲しいということだ。
メモリのタイプはSO-DIMM(現在の前の前の世代のメモリ)なので、
「価格ドットコム」で調べても、256Mで4,000円~5,000円はするらしい。
もはやショップでも在庫扱いなのだろうが。それでも高い!

「おし。こいつで落札者としての点数を稼ぐか」と考え、OKした。
まず256M一枚、落札することにする。
オークションページを見てみると、SO-DIMMのメモリ256M(メガバイト)の
スタート価格は「1円」というのが多かった。
中古で、現行商品でもないからな。だが、何人か入札者がいて、
大体1,000円ちょいで落札されている(激安)。
それを話し、
「中古のオークション品だし、メモリは相性もあるから動作保証は できんよ」と言うと、
「2,000円までなら出す。動かなくてもあきらめる。
 それより今の動きの遅さの方が、がまんならん」ということだった。


よし。それでは、準備に入る(やっとか!)

ここで、ポイントなのだが。
決済方法は、着払い、銀行振込などいろいろあるようだが、
大方の人が利用している方法がある。それが、「イーバンク銀行」による
オンライン決済だ。
全体的な傾向は分からないが、パソコン部品関係の出品者は
大抵、これによる決済に対応している。これならば
残高が口座にあれば、落札した時点で、パソコン上から決済することが
できるのだ。

「ほー、ではイーバンクに口座を作らねばならんな」

というわけで、まず「イーバンク銀行」に口座を開くことから
始めねばならないね。

で、ビケ♪さんは、オークション経験はおありですかな?

(また、つづきモノ)
 
 

「明日」があるさ?

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 8月24日(日)21時45分14秒
返信・引用
  あ、(´・ω・`)
夏とともに、オリンピックが終わったって、感じがしますね。
ついこの間、始まったと思ったのに。
ま、夜は連日のようにテレビの前で、ぎゃーぎゃー言っとりましたな。

ソフトボールの金メダル、よかったあ!
女子サッカーは、メダルには届かなかったけど、ベスト4入り
すごかった、これは大いに評価されるべき結果だと思います。ホントすげえ!
おいらは陸上競技やってたので、男子400Mリレーの3位。
これには、大感激!
銅メダル、ホントすげえ!日本が陸上単距離で、
メダルを獲得するなんて・・・

周りは、あんなバケモンみたいな連中ばっかで
奇蹟でも起こらけりゃ、ホントにもうね ・゚・(ノД`)・゚・


とまあ、「中身」の選手たちのドラマには心動かされっぱなしでしたが、
あいも変わらずロス五輪以来の商業主義オリンピックという
「入れ物」には、あきれかえりますな。
競技によっては、午前1時から決勝があるって、どういうことだ、これ?

開会式なんぞに莫大な金掛けて、国威発揚か?
そのために巨額の放送権料を支払うアメリカの三大ネットワーク
だかの要望にあわせて、米のゴールデンタイムに
決勝競技の時間を合わせるためだとか。選手のコンディションとか二の次三の次。
出場選手が第一じゃねー競技会なんて、あり得ない!
これは、もう選手のための競技会なんかじゃないって、ことだよね。
ま、これも言い古された話ではあるが。

メダル取ったかから偉いとか 取らなくてもスゴイのだ、とか
どちらもその通りなんだけど、
やはり自分は「国の代表」なんだという気概と誇りは見せてもらいたいものだな。
たとえ、オリンピック憲章には、「国同士ではなく個人の競争である」とか
書かれてあったとしても、だ。

勝者があれば、敗者がある。これは競技には必然のこと。
勝負は時の運、期待された結果が出ないこともまた、当然なのだ。
だが~。


おいらが今大会、考えさせられたのは、日本の「男子サッカー」と「野球」チームだ。
これは、女子サッカーやソフトボールの代表チームが、
驚異の精神力とガンバリを見せたことに比べて、情けないというだけではない。
(もちろん、それもある!)結果が出せなかったことに関して
(大口を叩いた野球)からでもない。

女子サッカー、ソフト(以下略)代表チームがものすごい精神力とねばりを見せ
勝利をつかんだことは賞賛(いや絶賛)に値する。掛け値なしだ。

だが男子サッカーと野球の代表チームからは、全くそれらが感じられなかった。
「この大会が最後」「この試合に勝たなければ全てが終わる」。
そういう切迫した感じ、精神力が感じられなかった、なぜだ?
おいらはこれが全てとは言わないが、その原因の一つが
彼らが「プロ」だからだと思う。
プロ選手にとって必要なことは、そのシーズンを通して結果を出すこと。
つまり野球だとゴロを打ったら一塁まで真剣に走る高校野球と、
それよりも次のプレイのために不必要な力は使わない、「次がある」プロの違い。
つまり、プロとアマでは、一試合、一プレイに対する
考え方に違いがある、ということだ。

野球代表選手にとって、シーズン中のオリンピック出場はいわば
「オプション」のようなものだ。選手たちの心の中は知る由もないが、
プレーの姿勢で窺い知ることはできるだろう。
それにもまして勝利のために重要なのは「スカウティング」(相手の情報収集と分析)
なのだが、今回、「星野JAPAN」はどのように準備してきたのか?
おざなりだったのではないかと思わざるを得ない。選手起用にも疑問が多い。
(連続でミスをしている選手を使いつづけるなど)

野球代表の年俸の平均は億を超えている、
一方、ソフトの代表の平均は月給で17万円だという・・・。
報酬と試合に取り組む姿勢を、単純に結びつけることはできない。
だが、ノンプロと学生に野球代表を譲った方が良かったのではないか。
その方が結果が出せたということではない。
ではないが、たとえ結果が出せなくても、観ている者を納得させる
プレーを見せてくれたのではないか? そういう思いが捨てきれないのだ。

それにも増して腹立たしかったのは、男子サッカーだ。
彼らも国内外でプロ選手としてシーズンを戦う身だ。サッカーはケガの多い
スポーツでもある。各チームのスタメンとして活躍している選手もいる。
だが、今、この時走らないで一体いつ走るんだよ、オマエら?
「負けてんだぞバカ」そう思わないではいれなかった。

ケガをしてシーズンを棒に振るのが怖い?
オマエらがJリーガーとして活躍してんのは、何のためだよ?
生活だけじゃねーだろ、「W杯」行きたいんだろ? 代表になりたいんだろ?
W杯はまさに「短期決戦」。一戦一戦が重要な戦いで、「次」は
ねーんだぞ! そして、今日走らなかったオマエらが、
W杯なら走るのか? では、アジア予選ではどうだ? 楽勝か。
一敗くらいしてもかまわんか。「次がある」からかヨカッタな・・・。


予選で当たったナイジェリアの選手たちは必死だ。彼らにとっては
このオリンピックが「本番」だからだ。
彼らはこの大会の活躍によって、欧州のクラブチームからのオファーを
獲得したいからだ。W杯よりも若いうちの「オリンピック代表」が
重要なチャンス、なのだ。
日本選手は「才能のある選手」ほど走らない。
「オレのところに玉が来なかった」。ふざけんな。
パスを引き出す動きをしたのか? 相手の玉を奪おうとプレスを掛けたか追いかけたか?
「オレのところに玉が来れば一発の『才能パス』で、相手を切り裂く」ってか?
オマエより才能のあるナイジェリアの選手たち、アルゼンチンの選手
(メッシなんかも)たちなんか、必死になって走ってたぞ。

何を見てきたんだ? 世界と対戦して、欧州のクラブチームに所属して。
負けた時の「言い訳」に至っては言語道断だ。
他の競技の一体誰が、結果の責任を他に転化したよ。
勝っても負けても(あ、勝ったならよし)だ。
もう、「なでしこ」の爪の垢どころではない。足元にも近寄るな。
野球はまだしも、サッカーのこういう「才能ある」若手選手を見ていると
絶望的になる。(全員じゃないけど)


ごめん。グチになりました。
でも、オリンピック出場資格に対する「プロ参加解禁」には
再考があってしかるべきだと思う。締め出せとまでは言わないが。

でも、おいらはもう400Mリレーで銅メダルってことにもう何も言うことない。
他の競技にはすまないけど、陸上をやってた人間として言わせてもらえば、
もう短距離種目で、黒人スプリンターに勝てるワケが無いと思い知らされてきたし、
何度も何度も挑戦して、打ち砕かれ、跳ね返され続けてきた長い長い日々。
それがもう常識、通説、公理、公式、法律、条約、とまで思ってきた
おいらにすれば、もうね、VIDEO何度観ても、もう・゚・(ノД`)・゚・
「塚原、末つぐ、高平、朝原、よかったなぁああ~!」

だが、これは更なる「次」への幕開けに過ぎないのだ・・・。
 
    (ビケ♪こと管理人) 台風が去って、夜風はすっかり秋ですね。
オリンピック、今回はなんとなく、冷めてました。
しかし、国を挙げてのページェントなんて、
めったに見られないから、
そういう意味で、開会式は、見る価値がありましたね。
何年も熟考され抜いた、
人材豊富な中国がよく分かったあの演出。

私は、冬のオリンピックの方が好きだし、
なんとか社の水着問題だの、ドーピングだの、
中国の食品に対する不信感だの、そんなこんなで
今回は特に、冷めちゃう要因満載でした。

さて、サッカーも野球も、それほど興味がなかったので、
見てませんでしたが、そんなに「プロ臭」がした試合でしたか。

>プロとアマでは、一試合、一プレイに対する
>考え方に違いがある、ということだ。

・・・もう、オリンピック自体が、もともとの意味を
失ってますからねぇ。(まだ冷めてる)
でも、陸上の快挙は、だけどんさんが言うように、
次への大きな一歩でしょう。

ロンドンでは、沸かせてくれる競技が増えてほしいものです・・・
 

怪異と奇譚と伝説の間で 4

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 7月22日(火)21時50分28秒
返信・引用
  暑い。夏だからな。
なぜ7月が夏なのだ?8月もそうかそうなのか?
トラック走ってたら クラッときたね。毎年のことなので
水分補給とか十分して、熱射病には注意してるけど、油断は禁物。
夏の日差しをナメちゃいかんですな。
(オヤっと思ったら日陰で休んで水分補給だ)

バタフライも最初28分くらいかかってた(あ、1000mね)のが
25分切るくらいになった。タイム的にはこれ以上短縮は難しい。
シロウトだしね。それより大事なのは泳ぎがずっと楽になったこと。
最初に1000m泳ぎきったときと比べるとね。
距離に対する恐れだとか緊張感が取れて、ムダ、ムリな動きがなくなって
きたせいだと思う。もう外プールで 「泳ぐ上半身だけの男」も
見なくなったよな。それだけ脳とかカラダにかかる負担が
少なくなったせいだ、とおいらは思ってますけど・・・ね。


さて、ちょっと変わった出来事だの、信じがたい
人物や事象などが「都市伝説だぁ」として流通してる今日では
「元型」だの「時代場所に共通する不安や興味」など
持ち出してカテゴライズするのも、いささか無粋かもしれんね。
「それは構造上、都市伝説とは言いがたい」などとは、
流通の主舞台である若者たちに対して、説得力があるとは思えんし。
で、では、今までのは一体、ナニ?

あー、のうが煮えてるね~。( ゚∀゚)アハハ~♪


そも、「都市伝説」だの「伝承、説話」などの中に
なんらかの「印」が隠されているらしい、っぽいというのは
なんとなく理解しやすい話ではある。
だが、それが「説話」の中に、どのような形で語られているのか?
ということになると、単純ではない。

それらは、物語の表面上にストレートな形で再現されることは
ないからだ。そこで問題となるのが「トラウマ」。

「トラウマ」というのは、よく誤解されているように、
「無意識の中に押し込められている『不都合な真実』」のことではない。
いわんや、現在の行動を規制する過去の思い出したくない経験」でもない。

 ~その「不都合な真実」が<意識化できない>ということが、
 現在のアイデンティティを基礎付けている、
 という事況のことである~

・・・なんのこっちゃ?

かのフロイトは、ヒステリー患者の治療の際に、彼女らとの面談を通じて
彼女たちが幼少期に父親からの「性的攻撃(誘惑)」を受けており
その「抑圧された記憶」が症状の原因となっていることを発見した。
(誘惑理論)ここまでは、一般に知られている「トラウマ」の理解のされ方である。
が、しかし。
フロイトは後にこう考えるようになる。
彼女らが皆、同じよう告白した過去の経験は、事実ではない、と。

「私もついには、これらの報告が真実ではないと、
 悟らざるを得ませんでした。・・・ヒステリーの症状が
 空想に由来していて、現実に由来しているのではない
 ということが解ったのです」


・・・過去に、現在の自分を形づくる「何らかの経験」があった。
だが自分はそれを思い出すことも、他人に告白することもできない。
それが病的症状の原因であった場合、癒す方法はあるのか?

ある。それは患者から「偽りの記憶」を引き出してやること。そしてそれを共有すること。
トラウマは自分の物語として語ることができない。そのため
精神分析においては治療の方策として患者に「他人の物語」を提供してやるのだ。
患者と医師が共築した「偽りの記憶」であっても、
それを言語化し、分析家によってそれが承認されたとき、
彼女らの病苦は癒されたのである・・・。(現在の治療法はしらんが)

「偽りの記憶」としてしか語ることのできない、過去の事実。
しかし医者と患者によって構築された「物語」によって癒される傷。
それをフロイトはTrauma(外傷)と名付けたのである・・・。


昔々、何かがあった。
だが、現在のわれわれは決して、その「何か」に生の形で接することはできない。
その何かは、別の物語として語られ、その中で言葉に命を与え、
死んでいく(傷は癒される)のだ。
過去のトラウマは、物語が語られることによって消え去る。
だが、それが何であったか、その正体を捕らえることはできない。
それはただ、「何かがあった」という「痕跡」を残すだけ、なのだ。


過去、ある国で、街で村で、語ることを忌避された事実。
時代に特有の不安、抑圧された欲望。
集団であれ、個人であれ、禁忌抑制は存在する。だが
抑圧されたものは必ず、何らかの形で表面に出ようとする。
その抑圧された何かが表面化したもの。それが、
直接事実を迂回した「他人の物語」なのではないか。


・・・と、いうことなのだが、
昔話伝承のすべてがそうだというワケでもないし、
トラウマがすべて病的症状を伴う重大なものというワケでもない。
一方、民間伝承や昔話、童話、わらべうたマザーグースの中にも、
そのワケのわからなさ、不気味さによってかえって
興味を惹かれるものがあるというのも事実。


その謎に、興味を惹かれ解明したくなるのも分かるが、
しろうとが下手に手を出すには難し過ぎるというのが
正直な感想ですな。
ある種の光は、ぼーっと見てた方が知覚されやすいらしいですよ。
世の中には、目を凝らせば凝らすほど見えなくなるもの、
カラダでも、しゃかりきに力を入れればいれるほど
できなくなるカラダの動きもあるってことですな。

物語、伝承、怪異譚などは、やっぱり
「ほぉおお」、「なにそれ~」などと、無邪気に楽しんでいたほうが
正直、正しい態度なのかもしれませんな。
謎を解明したいという気持ちもよーく分かるんですけどね。
ま、それらに挑戦している方々の奮闘のあとを
あーでもね~、こーでもね~と語るのも
しろうととしての楽しみ方では、ありますか・・・。

「トラウマ」という言葉の使い方も、
現在の使い方で文句を言うツモリもありませんしね。
言葉って、実際そういうもんでしょ?
(おわり)
 
    (ビケ♪こと管理人) あああ~すみません~~
ずいぶん時間がたっちゃった。
オリンピックムードとか夏バテとか秋のスケジュールとかに
うかされているうちに~~~

都市伝説が生まれた背景や、伝播していく過程での
人の心の動きが絡み合って、
今も新しい伝説・伝承が生まれているのでしょうね。
夏になると現れる「怪談」とかも・・・
「怖れ」の感情とは何か。
何を人は「怖れ」るのか・・・
解き明かそうとすると、深そうです。
 

怪異と奇譚と伝説の間で 3

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 7月15日(火)22時53分37秒
返信・引用
  前回の「屋根の上の赤ん坊」というお話。
もしかして分からなかった人がいるかもしれないので、オチの解説・・・。

その若夫婦は、ケンカをしたまま車を発射させたわけだ。
そ、車の屋根の上に赤ん坊を乗せてたことは、すっかり忘れて、ね。
その後の赤ん坊の運命については、語られない。ってか必要がない。
もう、言うべきことは言ってしまっているからだ。


では、この話は一体、何を語っているのか?

この話の主人公が「ある若い夫婦」であったことを思い出していただきたい。
「若い夫婦」。若くして子供を持ってしまった夫婦、つまり
この話は、身の丈に合わない社会責任を背負わされてしまった二人
の心にきざした、我が子に対する「不意の殺意」を語っているのである。

実は、人権に関して先進的と考えられている西洋ですら、
親による「子殺し」、「子捨て」は19世紀まで珍しいことではなかったのだ。
グリム兄弟が民話を収集し始めた19世紀初頭ごろからようやく
「暖かい家族」像が定着したのである。
19世紀が下るにつれ、「子捨て、子殺し」などという
テーマは、表立って物語で表現されることはなくなっていった。
そのため、物語では実母は「継母」に、子捨ては「意図的ではなく
何らかの事故、偶発的な事件によって」と置き換えられていったのである。


若い夫婦が、ストレスの多い子育ての中で「この子さえいなければ・・・」
と、ふと考えたことがあるだろうことは想像に難くない。
だが、現代はそれを口にすること、他者に対して何らかの形で表現する
ことは、心理的、社会的抑圧がかかることは避けられない。
だが、心の中に根ざした「欲望(願望)」というものは、消えることはない。
それらは、別の形で出口を求めるようになるのである。
それが「実母→継母」であり「故意→偶発的」という屈折した
(迂回した)物語の形、ということなのだ。

「子捨て、子殺し」をテーマにした物語は、西洋においては
ギリシア神話、叙事詩の時代まで遡ることができるだろう。
近々においては「ホーム・アローン」という映画を挙げることができる。
映画において、クリスマス休暇でパリに向かう大家族の中で、
末っ子だけが家に置いていかれる事になる。
母親は「何か忘れてるような気がするんだけど・・・」と。

彼女はイタズラ好きで手におえない末っ子を
休暇の間、ついうっかり家に置き去りにしてしまった。
・・・つい、うっかり? 偶然?
これは「子捨て」物語の元型を、現代風にアレンジした物語なのである。
(以上、内田 樹「女は何を欲望するか?」より内容要約)



欲望、願望(恐れ)を意識化するのに「強い禁忌」が働いているとき、
欲望があっても、倫理や慣習がそれらを表現することを禁じているとき、
それらは、意識的に抑圧はされるが、消え去ることはない。
それらはいずこかの出口を求めるようになる。
それが、直接的ではない表現の型をとった「迂回された表現」
の物語である、ということなのだ。

「・・・そして、優れた民話がすべてそうであるように、われわれの
 きわめて根源的な情を揺さぶると同時に、ある特定の時代・場所における
 関心事と不安を反映している」(ハロルド・シェクター)


子供たちの前に現われる「口裂け女」の場合はどうなのか?

途中から伝説の流布に関してマスコミの力があったことは別にして、
影響を受け流布の中心にあったのが「子供たち」であったことは
確実だろう。
口裂け女からの問いかけに対し、いかに答えても無事ではすまないこと
から始まり、100mを3秒(5秒だっけ)で走る、つまり逃げられないこと、
などが加わり、やがて質問への対処、苦手なもの、好物などが話に付け加えられていく。

この話の裏に隠されている「願望(あるいは恐れ)」とは何か?
それは一般的な意味での「大人と子供のコミュニケーションの断絶」などではない。
そのテーマは子供たちの心の中に潜んでいるもの。
この伝説の裏に隠れているテーマ、
それは・・・「母親は子供が嫌い」、だ。

「母親は子供が嫌い」。これは親の側から提示されたテーマではない。
あくまで子供の側が心の中に持ったものである。
だが、「ママは僕のことが嫌いなんだ」などと、母親自身に表明する
ことはおろか、「そんなこと考えちゃイケナイ(あるはずがない)」と
自身が意識化することもできない(強い禁忌が働いている)場合も
多かったであろうことは想像に難くない。
(なんか口はばったくなってきた)

とまあ、そこで「欲望は迂回した物語」によって表出することになったわけだ。
(いきなり砕け口調かよ)
問いに対して、イエスと答えてもノーと答えても無事ではない。
いかに逃れようとしても逃げ切ることは不可能である、などなど。
これらのイメージはまさに母親に対する恐れ、そのものではないか?

その後に付け加えられた、「ふつう」と答えればよいだの、
「ポマード」が苦手という話にさしたる意味はない。だが
ポマードには「母親には不良」つまり(反抗)という無意識の
対抗策のイメージが反映されているのかもしれない。
・・・というと、なんかすっきりまとまったような気がするから不思議だ。


いみじくも映画「口裂け女」は、「母親は子供が嫌い」という
テーマを明確に打ち出していた映画だった(と、おいらには映った)。
ホラー映画としての出来は、まあ置いておくとして、
あのオチ(作品的に必要かどうかは別にして)は、まさにソレ!

興味のある方はレンタルするとよろしかろうが、痛いのダメな方は
やめたほうがいいかも。でっけーハサミ持ってるし、
それで何するかは・・・。(おいら的にはそれほどでもないが)


とまあ、一段落ついだので終わるが、「抑圧された欲望」が出たところで、
物語を語る上でもう一つ、重要なキーワードがある、
それは「トラウマ」。

「おいら昔、○○しちゃって、そのとき××が△△でさ~、それが
 トラウマになっちゃってさー」
よく聞く話ではあるが、実はトラウマの本来の意味はそういうものではない。
というところで こんがらがりそうだし
やめときますか?はい。

では、また~(=゚ω゚)ノシ
 

怪異と奇譚と伝説の間で 2

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 7月11日(金)00時05分5秒
返信・引用
  ~夕暮れ時、学校帰り、コートを着た背の高い女。
髪の長い女、大きなマスクをしてる。

「ワタシ、きれい?」・・・
恐怖を感じ、ワケも分からず、「はい」と答える。

「・・これでも・・・?」。
おもむろにマスクを取った その女の口は、耳まで 裂けてた。


基本的な構造はこんなかんじでしょ。
この、口裂け女の噂が広まったのは1979年ごろからだとか。
おいらはもう怖がるような年でもなかったと思うけど、子どもたちは
怖かっただろうな~と思わないでもないな。
もっとも塾とか行きたくなくて、噂に便乗したワルガキもいたかもしれんが。
噂も時間が経つにつれ、口裂け女はハサミだの斧だの鎌だの、
メスだの持つようになり、質問にはどう答えても殺されるだの過熱していったり。
すると、最後には弱点はポマードという言葉だ、べっこう飴が好き、
というふうに、対抗策めいたものが話に追加されていったようですな。

Wikiなんかで調べると、噂の変遷なんか分かるんだけど、かなり
息の長い都市伝説だったみたい? ってか、ある期間を置いて
復活消滅を繰り返していたのかもしれない。79年も8月になると終息
していったというから夏休み期間中は、子供同士のコミュニケーションが
なくなるからではないか、とか書いてあるけどそうか?
夏休み中でも塾や友達同士でけっこうコミュニケーションありそうだけどな?
学校とかの大集団の中ではないから、大人(教師)の耳目に入りにくかったって
ことか。


件のネットラジオでは、これの分析として
噂の興隆期を88~89年年ごろとしており、その頃ちょうど
宮崎勤事件やら、昭和天皇崩御など社会的に大きな事件が起こったこと。
それに伴い、子どもたちが「なんか大人たちがヘン」と思っていたこと。
宮崎事件に端を発する、ホラービデオへの禁忌、大人による「理想の子供像」の
おしつけなど、要するに「大人と子供のコミュニケーション」の断絶が
口避け女(とトイレの花子さん)という都市伝説を生んだ、と分析しておった。

なるほど、学生さんらしいまじめな分析ではあるし、よく考えたなと
関心もした。でも、ちょっとおいら的に言わせてもらえば、
解釈、分析の「形が整い」過ぎてる感じがしたのね。というのは、
余りにキレイに構築された解釈にすっぽり当てはまり過ぎてる感じがしたのね。

こういう場合、得てして分析のためのパラメーターが恣意的か、
事実関係を(無意識にでも)履き違えている場合があるってのがおいらの考え。
社会学的な研究の場合はとくに、
キレイにまとまり過ぎる結果が出たときにこそ、「あれ、どっかまちがってね?」
と警戒すべきだと、おいらは思いますねえ・・・。
そういうキレイにまとまってて、素人には反論のできない
一見正しそうな言説を、メディアで垂れ流す学者先生も少なくないと感じてますが。

・・・残念ながら、「口裂け女」の噂が最初に広まったのは、
88年じゃなくて、1979年ごろ、つまり10年も前なんですよ。(これもネット情報だが)
確かに88年から89年ごろにも「口避け女」で世間は大騒ぎだったのかも
しれませんが、ね。


でも、問題はなのは、
ま、そういう分析が仮に正しかったとしようじゃん。
「ふうん、そういう背景があったから広まったのかー」って、安心する?
謎が解けた感じ、します?
する人もいるか。そうか。でも、これって、
経済学と一緒じゃないですか。「この不景気の原因は、あのときアメリカが金利を・・・」
ほーほー、と聞いてるといかにも筋が通ってるけど、それだけ
経済の仕組みに精通してんだったら、これからの経済はどうなるか予測してよ?
どこかで恐慌の火種とかって起こってないの?

当たったためしないよね? TVとかに出てくる経済学者の予測とかって
(何人かに一人、その事象に関してのみ予測が当たることはある)
それと同じで、解釈は得意だけれど、「じゃ、これからどんな都市伝説が
流行するんでしょうか?」なんて質問には答えることは、できない。
そんなん、どんな商品、音楽がヒットするかってのと同じだ。
不確定要素が多すぎて、予測は難しいよね。

「起こった後から原因を解釈することは可能だが、予測することは不可能である」
って、ことになるのかな。

ま、現在では「都市伝説」も立派な商品として消費されてるわけだから
意図的に作り出そうとしている連中もいるんだろうね。
百個、世間に流して、一個でも人口に膾炙したら御の字、大儲けのチャンスかも
だけど、そううまく世間は動いてくれない、かもね?
そのためにこそ、「社会学的」な分析が有効、なのかね?(ヒドイ話してんな)



と、閑話休題。(これからが本題)

だいたい「都市伝説」ってのは、いわゆる民間に流布する「口伝説話、伝承」のこと
なんですよ。で、近代に入ってマスメディア、ネットなどを利用して拡散する
ようになった伝承を「都市(urban)伝説」と称したもので
現代であるなら、田舎で広まっていようとひなびた漁村(失礼)だろうと
「都市伝説」と称するらしいですな。

ここからは、ネットでお手軽に調べた話じゃないよ。ってか
ネットで調べるのも、おいらちょっと面倒だと思ってんだけどね。

おいらがラジオで聞いた社会学的な分析に納得しなかったのは、
噂が広まる素地とメカニズムは、一応解き明かされてはいたのだが、
肝心なもの、つまりエンジンを爆発させるガソリンに相当するもの
に対する考察が抜けているように感じたからなのだ。
立派なタイヤとエンジン、動力伝達装置をそなえた車でも、
ガソリンがないと、走らんわな。

おいらがその辺を掲示板でカキコしたところ、DJは
「それは大人と子供のコミュニケーションの断絶だと思います」と答えていたが、
大人と子供のコミュニケーションギャップだの断絶だのは、
89年ごろに限らず、戦後一貫していや、戦前もあったんじゃねーかな?
戦後はそれがひどくなったという印象はあるけど、とりわけ89年ごろに
起こったわけではないわな?



シェクターによれば、都市伝説は二つの要素から成っているという。

 一つは、人類全体に共通する「元型的空想」(あるいは「集合的無意識」)。
 二つめは、「特定の時代・場所における 関心と不安」。

「元形的空想」と「歴史・場所に条件付けられた不安」が結びついて
はじめて、ポピュラーな都市伝説は成立する。
そして、そのような都市伝説の<機能>は、なによりも大衆の「抑圧された欲望」に
「物語」としての表現を与えることにある・・・。(内田樹「女は何を欲望するか?」)


え~、おいらは、この「集合的無意識」だのには、条件付でないと
懐疑的なのだがな。
だいたい「記憶だの、未開の心性」の器質的な遺伝など
実体として、ありえない。(個人の無意識の底にさらなる全人類的な記憶の総体としての
 集合的無意識がある、とかいうやつだ)。



最近の会話でありがちな、ちょっとあり得ない信じられない話などを
「え~っ、それって都市伝説じゃね?」ってな表現を使う昨今では、
「都市伝説」という言葉自体が「ちょっと眉唾くさい、ウソ話」的な
ニュアンスで使われてしまっているからな。
だが、本来のフォークロアとして共通して内包しているはずの要件を
見てみるとそこから「口裂け女」の謎が解けるかもしれない(と、いう気がしてきた)。
そこで例取り上げるのが、アメリカでポピュラーだという
「屋根の上の赤ん坊」というお話。



~ある若い夫婦が、生まれたばかり赤ん坊をベビーベッドに載せ、
ドライブに連れて行った。
途中車がオーバーヒートし、二人車を止めエンジンを冷すことにした。
泣き叫ぶ赤ん坊。二人は赤ん坊が少しでも涼しいようにと、
ベビーベッドごと風の流れている車の屋根に載せた。

若い夫婦はそのうちケンカをしはじめた。エンジンが冷え
車が走り出しても、車内で怒鳴りあいは止まなかった。

・・・そのうち、二人はさきほどから赤ん坊が随分と大人しいことに気が付いた・・・。


「友人から聞いた本当の話」という枕で始まるこの種の話の共通点として
さまざまなバリエーションが存在するらしい。
で、問題は、この物語が都市伝説の要素として内包している、
あるいは、図らずも示している「集合的無意識」、
「条件付けられた不安」、あるいは「抑圧された欲望」というのは、
一体なんなのか? って、ことなんだよな。

(やっぱ、つづくことになるか)
 

怪異と奇譚と伝説の間で 1

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 7月 9日(水)22時54分5秒
返信・引用
  ま、また上がったとさ・・・ガソリンが。(むかっ!)
まだ梅雨明けもせんうちから、イラつく話題が多いですな。
洞爺湖サミットですか、そうですか。えっ?次回から中国を仲間に入れますか。
ふざけんな、ですな。(中国は 自由主義国ですか?先進国ですか?)
中国欲張りすぎ。あんたらは、
肝心なときに何のの役にも立たねーで有名な、
世界平和と秩序にとって有害ともいえる、各種条約、宣言を連発しているで有名な
世界に冠たる、国連の常任理事国でがまんしとけ、ですな。

しかし雨が降りません。カラツユなんでしょうか。
かといって、まとまって集中豪雨はゴメン、ですわ。



ともあれ、こう暑いときには「怪談」ですな・・・。
ネットラジオでも、なにやら怪談、怪奇ばなしを
語るDJさんも ぞろぞろどこかしらから沸いて出る季節になりました。
なかでも、最近は「都市伝説」モノが目立つような気がしますな。
流行ってるんでしょうかね? てか、ホントがウソが分からないような
「怪談」なんぞよりは、より「身近な感じ」がして、きょわい(怖い)
感じがしたりして。だからオモロイ、のかもしれませんな。

しかし、「怪談」と「都市伝説」・・・違いはあるんでしょうか?
なんか違いがありそうな気もするし、重なっている部分もあるような
気がするし・・・。
この間もネットラジオで、怪談座談会(討論会?)みたいな番組が
ありまして、出演者が「超常現象についてどう考えるか?」みたいな
意見交換、ぐだぐだトークしてましたが、おいらも凸(突撃)参加したかったな。
ま、次の機会を待とう。
(「てめーたちゃ、考えが甘いっ」的なことをほざいて大混乱でしょうな)
ちなみにおいらは一回だけネトラジ出たことある。←もうバカ丸出し(。-`ω-)



「口裂け女」だの「ゴム人間」だの「カシマさん」だのから始まって
「ベッドの下の男」、「みみずバーガー」も都市伝説ですわな?
「てけてけ」「くねくね」はどうなんだろ?
みなさんは、どんな都市伝説を御存知ですかな?


あ、まず「都市伝説」を定義しないといけないか。
都市伝説の定義って、なに?
「これは、友達のともだちから聞いたんだけどね」・・・とか
自分の親(ちか)しい誰かから聞いたという形態を取ることが多い。
ということは、聞き手にとっても身近な事件であり、その事象は
彼(彼女)にも起こりかねない話であること・・・ん~~~。

いやいやこんな表層をまさぐるようなことしてたら、また長い話になってまう
そこで、ざっくり切り込んでいくことにするか。
ということになると、まだ考えがまとまってないので、次回に続くことにするか。
ちょっと残った仕事もあるしで、ごめんなさい。
(´・ω・`)

サンプル事例として、「口裂け女」を取り上げてみたいと思います。
某ネットラジオでもリサーチしていたのでその意見も少し織り交ぜながら
やってみたい。

そも都市伝説とは何なのか?
それぞれの逸話、伝説のもつさまざまな形態を捨象して(つまり抽象化すること)
は可能なのか? 都市伝説(urban legend)に、基本構造がある?
・・・ってなことを、むずかしくなく、かんた~んに語れたら

めっけもん ってなことで。 ☆(ゝω・)vキュピッ
 

ボーカロイドはSeeleの歌を聴くか

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 6月 1日(日)22時49分23秒
返信・引用
  まっ、またガソリンが上がりやがった。バターも品不足だと?
06年からの生乳の原産計画の影響だの、オーストラリアの大干ばつ
による品不足だのいわれるが、じゃ、なんでチーズはあるんだよ?
ガソリンも今回、6月1日から一斉に横並びで上げやがったな。
前回の仕入れ在庫分が5月一杯で、すっかり掃けたのかよ?
税率分下げるとき、課税時の在庫があるうちは下げにくい、とか
言ってたよな。ふざけんな!


と、まあタイトルとは関係のない怒りの声で始まりましたが。
心貧しいたけどんが、心豊かなみなさまに送る。
名付けて、「まぁ、ちょっと見てみろや」の巻であります。


ここんとこ、「ようつべ(YOU TUBE)」だの「ニコニコ動画」にはまっておりまして、
とくに「ニコニコ」の場合は、視聴者のコメントが画面に同時に流れるので、
気の利いたコメントが妙に面白かったり、ウザかったりもしてお気に入り
なのですわ。(視聴するにはIDの取得が必要になりますが、タダです)
クラシック関係の映像などもけっこうありまして、
珍しい初見のものなどを楽しんでいたわけですな。(著作権?なに?)

そんな中、「バッハ」という語で検索をかけていたら、
「初音ミクに平均律を歌ってもらったよ」というものがありまして、
「ほぉ、チョットおもしろい」と思いましてね。
「初音ミク バッハ」で検索すると、あるわあるわ・・・。
出来もさまざま、玉石混交といったところ。

「初音ミク」というのは、クリプトン・フューチャー・メディアが
販売している、DTM(デスク・トップ・ミュージック)ソフトで、
<声をもったアンドロイド>というキャラクター設定で、
ユーザーが、音声合成技術を利用して、自由に好きな歌を「初音ミク」に
歌わせることができる、というものです。
初心者でも簡単な歌を歌わせることは、そう難しいことではありませんが、
本当の人間らしく歌わせることは<かなり>難しく、入念な<調教>(調整)が
必要なようです。
とはいえ、一昔前には合成音声を使って音楽を作るなど、
一般人には夢のまた夢だったことを考えれば、1万5000円(実売価格)も
高くはないのかもしれません。(おいらは持ってないけど)



そんな中、検索中にある手書きアニメを見つけました。・・・その名は「みくよん」

初音ミクを主人公にした4コマ漫画に音楽をつけたもので一映像に
数話収録してあり、長さは4分前後のものです。

「みく」は、VOCALOIDとして歌を歌う仕事をしているのですが、
どうもあまりデキが良くないらしい。で、新たなマスター(調律師)の元
へ行くことになります・・・。

 http://jp.youtube.com/watch?v=bGdS9oxGGnE


とりあえず、「みくよん 51話~58話」からご覧ください、できれば最後まで。
気に入ったら、1話から見てくださればよいと思います。
上のURLは「YOU TUBE」のものですが、できれば
「ニコニコ動画」で見ていただきたい。
ようつべは、末尾がぶつ切れのものがあり、
また、最終話がちょっと見当たらないようなのです。
(コメントがうるさいかもしれませんが、それも味)

「みく」は、歌はまだしも、<平常の会話>が非常に苦手です。
(実際のソフトでも、普通に話させるのもかなりの調教が必要になるらしい?)

以下は、職人さんが作った「初音ミクによるバッハ」を
mp3ファイルにしてZIPで固めたものをアップしました。おためしにどうぞ。
それぞれ元は画像付きのものですので
ニコニコ動画で視聴可能です。

 http://onishibata.ddo.jp/20/download.php?id=03180

ファイル名「oni03180zip」
パスワードは「takedon」です。(数日で消えるので御容赦)
「Down Key」の文字の2行下に、薄く「Download」とあるのでクリック。



歌は 好きですか
歌いたい歌は ありますか
音楽が、人の心を揺り動かすのはなぜ でしょう
人間は得てして、人以外のものから「人の心」を教えられることが多いもの。
「みく」は人間の魂の歌を聴いたのでしょうか
だとしたら、造り物である彼女にとって、
それは一体どのような意味を持つのでしょうか・・・。

「神の息吹が<彼女>に届きますように・・」(神の御加護がありますように)

今、歌いたい歌がなくても、それは
あなたが歌を持っていない証拠では ない。
<詩を書かない詩人>も、たくさんいるのです。
 
    (ビケ♪こと管理人) 聴いてみましたけど、ドイツ語は無理じゃないかな。
人に近い歌に聞こえさせるための大変さは、
尋常じゃないと思いますが、
大人が熱中するいいお遊びでしょうね。
良く分からない世界ではありました・・・
 

たけどん VS NHK 3

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 5月15日(木)00時06分10秒
返信・引用
  「私個人としては、報道側の態度として参加すべきではないと思いますね」
支局長はこう答えた。ごもっとも。
青山アナは辞退したが、代わりに別の男性アナが参加したことは突っ込まないでおく。
おいらはそれほどNHKの動向を注視しているわけではないが、このコミュニティに
参加するに当たってネットの情報くらいは参照したわな、当然。
ネタの仕込みは必要ですからね。

ここで参加すべきでない理由についてさらに尋ねてもよかったが。やめた。
おいらとしては、もちろん「公正中立を旨とすべき報道機関の態度」を
問いたかったのだが、そこまで言うとNHKに対しては言うべきことが噴出するからだ。
昨年放映された「チベット青蔵鉄道(青海鉄道)」、今年放映された
「その時、歴史が動いた(水平社)」などなど、おいら的にこれは問題では?
と思う放送も他にないではない。

青蔵鉄道については、チベットの発展に寄与するという視点のみで、
チベット文化の破壊、弾圧について全く触れられていない
のーてんきな旅番組の形態であり、(単なる旅番組だから仕方ないと言い逃れるか)
水平社については、日本の部落差別に対する抵抗運動としての意義は認めるものの、
今この時期にかよ・・・と思わないではいられなかった。

「この時期」というのは、一般には知られていないのだろうが、
「人権擁護法案」が国会への再提出されようとしているこの時期に、という意味だ。
人権擁護というと弱者救済という観点から推進されるべきと思われるかもしれないが、
おいら的に、これは戦中の「治安維持法」よりも悪質な言論弾圧法だと理解している。
ま、詳細について関心がある方は、御自分で調べてみていただければと思う。
というか、ぜひ知れ! 調べれ。

カメラに映ったものを改変せずに流せば偏向は起こらないか、というと
そうでもない。カメラが映さなかったものの中に真実があることがあり、
起こった事件、事実を報道しないことも偏向かもしれない。事件を取捨選択する
ところから偏向は始まるのだ。(報道したくない事実も多々あるというワケだ)
そこでまかり通るのが「編集権」。
ま、偏向報道なんぞは、民放も負けてないわけだし、NHKだけ責めても
と、思わないではない。が、民放とは違って受信料払っててるわけだし、
「ご意見御要望を伺いたい」と向こうさんが言ってるわけだしね~。
だが時間が限られてるし。これ以上掘り下げられない。

最後に「NHKが映像を他局等に資料映像として貸し出すときの料金」について
聞いた。「けっこうお高いようですね(秒/2千円と知ってた)」
「ええ、秒/4千円ですね」ええ~!倍になってるじゃん。
「じゃ、10秒、4万円なわけですかー」とおいら。
参加者一同ちょっとざわつく。
「いや、でも一般の方が資料映像として借りるということはありませんからねえ」
対放送局だからいいってのか?すると、若手の社員が言った。
「これは確か、協定で決まっているんでしたよね」

そういう問題か?
なんで民放と横並びの料金取るんだよ。その原資は
一般国民の「受信料」でしょーが。収益あげないといけない民放と
同じでいいわけないでしょうよ~。なんで一般の使用に供するための
便宜を図ろうとしないのかね?
原資はできる限り一般国民から集めるだけ集めて、出来上がった映像ソフト
の著作権はい~っつまでも自分たちが握って離さないのな。
「まるでディズニー並みのアコギな商売してんな!」

ちなみに、本来ならミッキーマウスの過去のディズニー映画は
2003年に著作権フリーになっているはずなのだが、米国では
著作権を75年(公表後:職務著作として)から95年に延長したため、いまだに
リスペクトとしてもミッキーなどの映像をフリーで使用できない。
これが著作者の保護、クリエイターの育成に何の関係があるのか?
過去の遺産で食いつなぎたい連中の保護でしかないではないか。
ついでに米国憲法では、著作権の永久使用は認められていない。で、
「延長」という姑息な手段に出ているわけだ。

みなさんが民放はおろか商社なんかよりもいいお給料をもらって
いることは、まあ置いておく、視聴率に左右されない良質な番組を制作して
もらいたいとも思っている。よい番組も多いと思う。
全国で行われているという「コミュニティ」での
意見が、生産的な方向で制作に生かされればいいとも思う。
下請け会社に丸投げするのもいいけど、チェック体制がなっていないのは
なんとかしないとマズイぞ。(とくにひどいのがN・・・まいいか)

あっという間の1時間ちょっとだった。もう終わり。
最後に司会が挨拶とともに言った。
「みなさまのこの場でのご意見につきましては、
 後日ホームページにおいて、(概要として)掲載させて
 いただくことになりますが、よろしいでしょうか・・・」

・・・おいおいおいおい。それは・・・
おいらは、手を挙げた「あのですねえ」。またか顔(うそ)の司会者。
「おいらはまったく構わないんですけど。それは一番最初に言うべきですよ」
おいらたちは、まったく構わないのだが、中には、なかにはー、そういう
ことに非情に敏感(神経質)な方もいないわけではないからだ。
とくに「クレーマー」なんかの場合はさ。「名前とか場所も載せんのか?」とか
問いただすかもしれないぞ。終わってから「いやだ」と言うかもよ。気を遣え。
それと~、これは言わなかったのだが、もうひとつ気になったことがあった。

 それは、「お茶ぐらい出さんか~い」ということだ。

お客さんがいらしたら、まず「お茶でもどうぞ・・・」これが日本人でしょーよ。
ペットボトルのでいいんだよ。気が利かねーな。もてなす気がねーな。
そんなんだから、どーせ、こんなの「我々は一般の視聴者のご意見も
幅広く伺っております」のイイワケ、アリバイ作りだと思われんだよ。
おいらはそう 思ったよ。
なんだよ、せっかく集まったのに食堂の一角?、それも他の連中がガタゴト
作業してる横で「ご意見御要望を伺う」って?
ま、これは会場の会館の連中に問題があるわけだけどさ。
でも、ナメてると思われても仕方ないだろ。

と、まあ瑣末な不満(?)はあったけど、
とりあえず役目は果たしたし、楽しませてももらった。
NHKとしては、この場に限らず、個人的な集まりでも、声をかけて
もらえばNHKとしてご意見を伺いにお邪魔する用意があるそうなので、
みなさんもその機会があればお試しになってもよろしいでは?
案外楽しいかもよ。かなりのツワモノが来ることは予想した方がいいだろうけね。
でも、考えてみれば報道機関として、このように一般の視聴者の声を
対面で聞いてくれて、回答をしてくれたりするってのはNHKぐらかもしれんね。
たとえ、結果が不満のガス抜き、に過ぎないのだとしてもね。
民放や新聞社(とくに新聞社)が一般の声を気にしたりはしないわな。
気にかけているのは、スポンサーと購読層のニーズ、のみだろうし。

もはや、新聞やテレビでニュースを知るという時代じゃなくなってるからね。
どっちかっていうと、
「このニュースを、この新聞(あるいは局)がどのようの報道するか、
 もしくはスルーするかを確認する。報道の仕方
(論点のすり替え、ごまかし方)で笑わせてもらう」という時代だからね。


「情報があふれている時代」だからこそ、真の情報を得ることが
難しいとかわれるけど(誰に?)、テレビくらい、似たような情報しか
取れないメディアもないよね。どこ見てもおんなじ。
じゃその見方が正しいのかっていうと、極めて一面的で、
ワイドショーはおろか、ニュース番組ですらも、専門外の学者だの
あまつさえ「芸人」がコメントしたりしてて笑かす(ってか、見ないけど)。


「お手軽に手に入るものは、それなりの価値しかない」ってのは
情報も同様だよね。いやかえって、お手軽に手に入るもの、タダで
手に入るってのには、タダには「タダなりの理由」があるってことだよね。。
だからこそ、お金払ってるからには、それなりの価値のあるモノを
提供されるべきだし、払う方も注意を配るべき、しかるべき意見要望は
出すべきだしね。食事時にNHKニュース見て新聞読んでりゃ世の中の動き、
その意味の為すところがつかめるという時代ではなくなってしまったってことだよね。
昔はあまり必要なかったことかもしれないけど、今はできるだけ質の高い
情報を得ること、また情報を見極める目と耳を持たないと、
自分たちの未来を大きく左右してしまう可能性がある時代になったんだよね。

もう多分、アメリカは日本の面倒を見る余裕もなくなるだろうし、
経済も劇的な成長は望めない。昭和の後半のような、長いものに巻かれて
いれば安泰という時代は終わるんだよね、きっと。
日本自体も個人も、自前の目で世界を見て、自分の足で道を進まないと
いつ足元をすくわれるか分からない状況になるんだろうな。
そしてその結果は、誰のせいでもない「自己責任」ということになるわけだから。


それにしちゃ、最近「悪いのは他人」という、親だの若者だのが
多い気がするが、気のせいかね・・・?(おわり)
 
    (ビケ♪こと管理人) 長いレポート、ありがとうございました。
面白かった。食堂の一角で、お茶も出さず、
もくもくとメモをとる職員・・・
たけどん攻撃にたじたじとなる場面など、臨場感たっぷり!
NHKの情報は、実はお金を払って得ているものだ、っていうことを
忘れがちですが、それに見合った情報かどうかも、
見極めるべきですね。

>自前の目で世界を見て、自分の足で道を進まないと
>いつ足元をすくわれるか分からない状況になるんだろうな。

・・・耳が痛いです。
 

たけどん VS NHK 2

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 5月12日(月)23時06分2秒
返信・引用
  やっと連休オワタ。なにやかにやで車、運転しまくってた気がする。
ガソリン代もかかりますわな。ではお待たせいたしました、
再開といきましょう。

「あなたがスポンサーです」というパンフには、こう書かれていた。
・・・「より公平で合理的な受信料体系に変更します」というタイトルの元に
「訪問集金の廃止」(平成20年10月1日より)と。
ふーん。おいらは聞いた。
「・・・と書いてありますが、なんで?」

NHK側は、支局長、営業部長、司会役の若手社員の3人。
支局長は、眼鏡をかけた実直そうで、穏やかな受け答えをする人。
営業部長は、怒ると怖そうな感じのちょっと強面(こわもて)。司会は・・・若い人~。
営業部長が答える。「いえ今年の10月から変わる予定です」
え? 今年は19年じゃなかったかね。まいいや、「なんで?」
支局長が答える。「集金要員の方の人件費がかなり掛かる訳でして・・・」

そんなことはパンフにも書いてある。答えになってない。
つまりNHKの受信料の支払いは、すべて「口座振替」か「クレジット継続払い」
「継続振込み」のいずれにかになる、ということなのだが、
銀行からの引き落としか、コンビニなどでの払込の形に限られるようになる
ということだな。ガスとか電気料金などと同じような形態になるということだ。
人件費うんぬんだからこうなった、はイイわい。分からんか?
おいらが聞きたいのは、そうなった理由なんぞでは、ナイ。

支払い形態を変える理由さえ整っていれば、こういう席で万一(つっこまれると
は考えていなかったろうが)聞かれても大丈夫だと思っていたのだろう。
しか~し、たけどんは聞き分けのいい一般の善男善女では、ナイ。悪かったな。
ホンネの理由が、一連のNHK受信料不払い騒動に手を焼いたためという
のは明らかだが、そこは突っ込まないでおく。問題は、その後だ。
不払いを続けている人も最高時の時から半分にまで減少したのはイイわい。
「で、現在も不払いを続けている人はどうするんですか?」

「それは、直接お話して、御理解いただけるよう努力するつもりです」
はあ、そうね。大変だな。
その方々の「御理解」を得られるとは思えませんがね。
と、思ってたらこう聞き返された。「たけどんさんのお宅は訪問集金ですか?」
はぁあああああ???
なるほど、おいらを「クレーマー」だと思ったのかな。
「いいえ?ウチは引き落としですよ」「あ、そうですか」
(NHKにご意見申すヤカラはクレーマーで集金拒否者か?)
支払い拒否者を放っておいて、料金収集形態だけ変更というのは解せない。
かといって、一世帯ごと説得というのも考えにくい。
と、いうことは・・・何軒か不払い世帯を相手に訴訟を起こす気だろうな。
全部の不払い世帯を提訴(民事だから。刑法の場合は告訴)することは
不可能だからな。そうすれば一挙に不払いは激減。
その上で、法律改正によって「受信料の強制徴収(あるいは懲罰化)」を考えてるな。

そんなトコだろ。ミエミエだ。「御理解いただけるよう努力」ね、はいはい。
おいらは、NHKが特に嫌いでも不払いでもない、ここにケンカしに来たわけ
でもない。ただ、突っ込んだら面白そうだったからやっただけの
罪のない行為である。(ホントか?)だからこの問題はこの辺にしとく。

次・・・。
「NHKの収益の9割は受信料であり、残りは出版物などの売上になります」
(8割だったかな、忘れた)。出版物の売上、収益・・・ん。
NHKの各講座のテキスト、語学系だと確か380円だったよな。ほかの講座だと
700円ぐらいしてなかったか。高くねーか?よくわからん。(どう思います?)
アーカイブについて聞いてみた。
「過去の放送についてアーカイブで視聴できますよね」
「はい」
「有料で?」
NHKの番組制作の原資は受信料でしょ?だったら過去放送について
有料で視聴させるってのは、どうよ?歌番組なんかだと
タレントが出てたり著作権の問題があるだろうけど、語学番組なんか
たとえば10年とか経過したものは、「著作権フリー」で閲覧、教育機関などでの
使用可能ということにしたら、いかがか・・・?
支局長が答える「番組制作において先生などに出演条件などで
著作権フリーという契約をしていないので無理。
記録番組などでも、出演条件の中に映像の自由使用などについて盛り込んでおらず、
中には、撮影後トラブルによって、NHKと摩擦が起きた例(もうNHKには出ねーよ)もあり、
そのような出演者の映像をフリーで公開、使用に供することは出来ない」と。
じゃ「おかあさんといっしょ」なんかどうよ?
「同様である。出演者とそのような契約はしていないので・・・」


「あのですねぇ・・・」(ため息)
あの番組ならどう、これならどう?って聞いているんじゃないんですよ。
あれもダメ、これもダメという風な答え方をしてきたので、言った。
「おいらが言いたいのはね。NHKの番組制作上の態度として、
 原資が受信料である以上、一定の期間を過ぎたソフトに関し、一定条件を
 満たすものは「視聴者に還元する」、著作権フリーで、一般に使用可能にする
 という態度で番組を制作すべきではないのか?
 あるいは、そういう方向性を番組制作の態度として見せた方が
 視聴者の理解と賛同を得やすいのではないですか~?と思ってお尋ねしたのですよ」
(それを、あれだからダメこれだからダメか?)

「ああ、そうですか」NHK黙る。納得したんだか、どうなんだか?
反論を考えているのかも知れんな。(聞き流しが得策だぞ)

違う・・・このような態度に出られたことが、あまりないのだ。
NHK側は、受け答えも丁寧で質問には確実な回答をくれる。だが、
質問者(特においらのような)からの期待に対しては「拒否」しか
与えられない。もちろんその回答は丁寧な言葉遣いであり、
納得のいくよう理屈立てもきちんとしてはいる。
だが、その回答の裏から見えるものは、改革、要望に関する拒絶としか映らない
おいらには。(そんなんする気はサラサラありませーん、だ)

無論中には、筋の通らないどう考えても無理なものもあるだろう。
だが、おいらの言ったことは、そんなに理不尽なことだったろうか?
現時点においては不可能でも、これからの番組制作に反映させたら
よいではないか。
著作権、肖像権が問題というのなら、なぜ
「アーカイブ」においての過去番組の閲覧が「有料」なら可能なのか?
その収益は出演者に還元されるのか?そんな契約をしたのか?(ありえないな)
筋が通らないではないか。では人の出演していない「記録番組(どーぶつとか)」
なら、いいのかね?(とまでは突っ込まなかったさ。もちろん)


すまん。NHKの人。ケンカしにきたわけじゃないんだ。ただ
だんだん面白くなってきたのは事実・・・。
思うに、さすが支局長、営業部長クラスとなると、練れている。
受け答えもしっかりしていて丁寧だ。疑問には納得するまで
答えてくれようとする。メモ(速記?)もしっかり取っている。
この座談会に出席した人たちは、NHK側の出席者に対しては
「よく話を聞いてくれるし、丁寧なイイ感じの人」と思ったはずである。
・・・おいら以外は。
だが、おいらも敵意はナイ。もしあったらこんなんで話を納めたりはしない。
おいらもニコやかにこの場を去りたい(頼まれごとだし)と思っているのだし。

「こいつは○ヌキだな」それが実感。だが決して貶めているのではない。
さすがだな、と。これくらいこなせないようでは組織の上には立てないのだ。
「他にまだ何かありましたら・・・」もう40分には過ぎてた。
早いな。時間が足りない。もっとあそびたいな(←大迷惑)
他の人もナンカ話したかな、覚えてない(ええっ?)

「じゃ~」。またこいつかよ目線集まる。
「今度の長野での聖火リレーなんですけど、お宅のアナウンサーが
 ランナーとして予定されてましたよね。あの青木さんでしたっけ?
 女子アナの」
「青山ですね」
「はい、このような世界的に物議をかもしているものに対して報道側が
 参加者として関与することについて、いかがお考えか?」


・・・まったくイヤなやつが紛れ込んだもんだ。(つづく)
 

GWの過ごし方

 投稿者:katey  投稿日:2008年 5月11日(日)21時27分10秒
返信・引用
  台湾に行っていました。新千歳からの直行便を使いました。しかし、日頃の疲れや寝不足や体調不良がたたり、その上、天候不良と余りの人の多さにあって何しに行ったんだかわかりません。
台湾は初めてなので何が見所なのか、わかりません。そこで手っ取り早く、台北市内観光ツアーを利用しました。しかし、到着した当日は遅かった上に全く眠れないと言う状態で翌日の市内観光中は頭痛と吐き気と気分の悪さで写真を撮る気にもなれず、観光も不熱心で、おまけにコレクションしている絵葉書は全く見当たらず不満。
楽しみにしていたディンダイフォンの小龍包はあまり手をつけることなくボーっとしていました。その後の士林夜市も疲れて、早くホテルに帰って寝たいという一心で余り歩かず、道路のほとりに座っていました。それでも市内観光中のお茶セミナーと足つぼマッサージは良かったです。それから、故宮博物院も行きましたがほんのわずかな時間だったのが残念。ここは1日かけて見ないとだめですね。その日は疲れて早く寝ました。
時間は短くてもしっかり眠れたので翌日の体調は良かったのですが、何しろ、大雨。傘は持って行きましたがびしょ濡れになりました。この日は九分に行きました。雨は台北市内より九分の方がひどく、しかも凄い人とちょっとしたお祭りで、九分の街中は大変な事になっていました。九分は小路が風情があって良いはずなんですが人の多さには閉口。
でも、九分茶坊で一時間ほどゆっくりとお茶を楽しめたのが良かったです。台湾のお茶はおいしいですね。台北に戻って昼食を取った後、ホテルに戻って熱いシャワーで冷え切った体を温めていました。実は、この午後の時間、台北市内をうろつくか、ホテルでゆっくりと休憩するか悩んでいました。気持ち的には雨が降っていて寒いので部屋でくつろごうと思っていました。しかし、何を思ったのか、突然、電話をして、エステとマッサージ2時間コースに行ってしまっていたのです。マッサージは気持ちよかったのですが、ホテル探検もせず、市内ブラブラ歩きもせず、全身マッサージ。結局、台北101も見ることなく、大きな太平洋SOGOに行くこともなく、最終日である翌日の出発が朝早いのを理由にベッドに入ったのでした。
最終日はひたすら帰るだけ。最後の買い物は空港の免税店。ようやく本屋を見つけ絵葉書を買い、スターバックスで日本でも飲める抹茶ティーラテを飲み、化粧品を買いあさり何をしに来たのかわからない旅は新千歳の到着と共に終わりました。
こだわりとして、航空機事故は怖いのでチャイナエアラインズ(中華航空)は避けて事故歴のないエバー航空にしたことでした。
残念なことは体調、天候、台北101に行けなかった事、タロコ渓谷行きたかったです。
良かった事は短時間でも故宮博物院に行けた事と、お茶がたくさん飲めたことかな?
という、わけのわからない旅でした。
 
    (ビケ♪こと管理人) エステとマッサージなんて・・・素敵♪
本場の流儀で頂くお茶、味わってみたいものです。
充実した旅でしたね。出来なかったことがあるということは、
また行けるということですよ、きっと。
 

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