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たけどんVS NHK 1

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 5月 8日(木)19時02分6秒
返信・引用
  彼は言った。「人数が足りないんだよぉ・・・」


市の文化会館でNHKの歌番組の公開録画が行われるらしいのだが
「人数が足りない」のだという。客が入らないのかって? 違う。
客は満杯だ(たぶん)。
足りないのは、その収録にに伴って、NHKが「ふれあいコミュニティ」とかいう、
地方の視聴者の御意見御要望をうかがう集まりを実施するのだが、その参加者が、だ。
NHKが、その座談会とやらを「持ちたい。もちたいのだ、やらせろ。
やらないと収録しないぞぉ」とかダダをこねたかなんからしいのだ、きっと。

友人は市の職員。まぁ直接自分の職務とは関係ないのだが
文化会館から、人集めのお願いをされたらしい。
「で、おいらかよ?しかも3日後じゃん。NHKなんか関心ねーし
 地上波ほとんど見ないし、いやじゃん!」とは思ったが、
世話になっていない相手でもないので、引き受けることにしたワケだ。
「10人くらい集めたいらしいんだけど、集まらなくてさ」ふーん?
大体、収録なんぞずーっと前から決まってたことだろ?それなのに
3日前まで人数が集まりませんでしたって、どれだけ呑気こいて・・・。


座談会は番組収録日当日に行われた。
おいらはちょっと遅れていったのだが、会館事務所にもう残りの
参加メンバーは集まっていて、おいらが最後のひとり。
「すいませ~ん。遅れまして・・・」会館事務所に入ると
椅子に座って遅れているバカものを待っていた参加メンバーは
ぺこっと会釈をした。「ひぃ、ふぅ・・・」数えるまでもない。
参加メンバーはおいらを入れて、総勢5、5人、ごにんだ!
4人は老年(手前?)に属する年齢の方々で 男性2人、女性2人だった。
おいらだけ、一人世代が違うって感じ。
おいらだけジャージ姿だったし。(スーツなんか着てくかよ~)

会場は会館のレストランってか、「食堂」。テーブルを集めて
その上に、各参加者のネームプレートまで置いてある。NHK側は3人。
支局長、営業部長、そして司会役の若手社員だ。
予定時間は約1時間。長いよな。何、話すことあるってんだろ?
10人の予定が5人だ。間が持つのかね?
その辺は、NHK側がうまくやってくれるだろ。話聞いてりゃ終わるよな。
「今日はお忙しい中、お集まりいただきまして・・・」

はじまた。
型どおりの司会挨拶の後、「五十音順にお一人ずつ、御意見など
ありましたら・・・」と来た。おいらは3番目~。
参加者のうち2人は、「本当は別の人が来るはずだったのだけど」
と自分は来る予定ではなかったことを言葉の枕に使っていた。
おいらもそうだ。いや、きっと自分から進んできた人など
一人もいなかったろう。きっと全員、全員頼み込まれたクチだな。
大体、この座談会のことなんか知っている人いないだろ?
一年間に全国で、1000回は行ってるとか言ってたけどさ。

参加者の前には、書類ケースに入れられたさまざまなパンフレットや
メモ帳、御案内などが置かれていたおまけにシャープペンシル一本。
参加賞というところだね。
おいらは他の人が話している間、パンフレットなんかをパラパラ
見てた。・・・歌番組を増やしてもらえないか、
民放のような刺激だけの番組は眉をひそめる、NHKは道徳的
子供たちを導くような番組を・・・しかりごもっとも。
おいらは現在のNHKは、朝の番組構成が「時計としての機能」が弱い。などなど。
司会を含めて全員がメモを取っておられる。

参加者の話が一通り、終わるまでおいらはパンフを見てた。
その中に「あなたがスポンサーです」というのがあった。
「NHKはみなさまの受信料で成り立つ『公共放送』です」・・・
誤解している人もいるかもしれないが、
NHKは断じて「国営放送」では、ナイ。
税金で番組を作って放送しているわけではないのだ。
国営放送なら、もっと政府の主張を前面に出してもいいはずだが、
現状は、中国とか左より・・・あ、まいいか。

それよりも、「みぃ~つけた!・・・」おいらは思った。
参加者が要望、意見を話すと、それに対するNHK側の考えなどを
答えてくれていたのだが、一通り、全員話し終わった。

一段落ついたようなので、おいらは「ほぉ~い」と手をあげた。
「はい、たけどんさん。何かあれば」

「では・・・」

たけどんの「あそびごころ」が、ムックリと起き始めたのだった。(つづく)
 
    (ビケ♪こと管理人) うーん、気を持たせますねぇ~
次回を楽しみにしています。
 
 

もーいいかげんに・・・

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 5月 2日(金)22時28分42秒
返信・引用
  くぅ~~~っ! なんっってこったい~~っ!

今度はパワーブック(マック)の電源コードが、断線しちまったい。
くそー、高いんだよなマックのパーツって。オークションで中古探すか?
ってなわけで、おいらはこのカキコを、ウインドウズで書いてます。
このキーボード、安物なんでタッチが好きじゃねーんだが、仕方ないな。
しかも、またガソリンが上がるだと~! ふざけんな。
その上、ガソリン入れるのに行列したやつら、一体いくら得したんだ?
40リットル、フルに入れたとして、30円上がると・・・1,200円。

1,200円・・・この次からはずっとリッター160円が続くんだぜ。
一回だけ1,200円得してそんなにウレシーのか?
おまいらは「朝三暮四のサル」か?
タバコ、定期が値上がりするってときも、おんなじ行動するよな。おまえらって。

GS(ガソリンスタンド、だ)も暫定税率廃止とともに値下げとか
言ってたけど、廃止してからの分は売り切ったんだろ?
駆け込みの客が行列したから、在庫はなくなったんだろ?
だから復活とともに、即日値上げしたんだよな。・・・ってことはさ、
儲けたんだろ? 廃止されたのは「税の分」であって、当然
蔵出し価格に「利益」は載せた上で売ったはずなんだからな。
ってことはさ、大儲けだよな? 在庫(利益は乗せてある)が
ぜ~んぶ、掃けたんだからさ、4月中に。・・・違うか?
なに、被害者ぶってんのGS?


「道路特定財源」の暫定税率って、いつまでが暫定なんだよ?

小泉時代に解体されるかに見えた派閥利権政治を、
福田政権が誕生したことで、「もう一度、オイシイ思いを」という
古い頭の政治家(官僚も)が、大喜びしとるのは想像に難くない。
ま、もっとも小泉にしても、構造改革とやらで利権派閥政治を解体しようと
していたわけではなくて、道路公団の民営化にしても、
ただ単に「経政会(旧橋本派、現在の津島派)」の利権の温床を
攻撃、解体、民営化して、自らの派閥、清和会(現、町村派)が
奪いたかっただけなんですけどね・・・(生臭い話ですな)。


どーも、マックと勝手が違うな。こんな長文ウィンで書いたことねーからな。
フォントに色気がねーし、好かん。


この「道路特定財源」(揮発油税の暫定税率を含める)ってのは、
「道路整備特別会計」の歳入となるわけだが、
一般会計と違って、受益と負担の関係が明確になっている。
んで、
この「道路特定財源」というのは、歳出より歳入が多くて「余剰金」が
出ている。ということは、その余剰金分を受益者負担の原則からいえば
それだけ税率分から差し引かれてしかるべきはずだ。
しかし実際は・・・
平成19年の特別会計改革によって、余剰金は一般会計に繰り入れられることに
なってしまった。(おかしくないか?)
これをすべて「一般財源化」する・・・?

一般財源の中で、「消費」に関するものは「消費税]以外は
認められない。消費課税における差別は行なってはならないはず。

考えてみると、消費税は知ってのとおり5%だが、ガソリンについては
1リットル=155円とすると、税金分はなんと61円強(揮発油税+地方道路税+消費税)
本体価格は94円であるから、その税率は61÷94でなんと、約65%のになるのだ。
ガソリン消費に関する税率は、65%!
そんな高率の税金が容認されてきたのは、これが道路利用者対して
道路整備等を通じて還元される(受益と負担の関係が厳密な特別会計)ゆえ、なのだ。

それが「一般財源化」される・・・?それも税率はそのまんまで・・・?

これでは、道路利用者は「高負担、低サービス」を甘受しろと、いやいや
そのカラクリさえ、誰も説明すらしていない。
特定財源についての議論は、「高負担・高サービス」か「低負担・低サービス」
のどちらかを選択するというものであるべきだった。だが、
「一般財源化」という選択によって、「高負担・低サービス」、「低負担・高サービス」
が加わり、より状況は複雑になってしまった。
これが国会で筋のとおった、スッキリした法案にまとまるとは
とても思えない。ゴマカシで押し通されるのが関の山、だろう。
もしくは、暫定税率復活の後、来年には一般財源化などと言っているが、
現福田内閣自体が、来年までモタナイ公算が高いのだから、
一般財源化もウヤムヤ、状況は何ら変わりなしという可能性もあるだろう。

けっ!
(実は来年度に、消費税率アップが予定されているというのは、秘密だぞ)


ううむ、やっぱ書きづらいぜ。タッチがよくない。
で、ハラタチまぎれに、次回は先日起こった「たけどん VS NHK」を
お送りする予定です。あ、揉めたとかケンカ話じゃないので御安心を。
 
    (ビケ♪こと管理人) あらら。たけどんさん、お怒りのご様子ですね・・・
うちにはドライバーがいないから、
「ガソリンスタンド行列」には
あまり関わらなくて済んだのです。
あ、でも私は、1200円のために並んだかもしれませんよ。
税金は安ければいい、というものではないです。けれど、
未だに、どこかの誰かが肥えるために利用されている現状・・・
北欧みたいにならないのかしら、ならないでしょうねぇ・・・
 

「最後」がはじまり6

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 4月 1日(火)21時57分42秒
返信・引用
  まあ、様々な問題を孕んでいる「フーガの技法」ですが、
一般の聴取者としては、それだけ各演奏家のアプローチなどが
楽しめるぜ、ってことですな。

「フーガの技法」のディスクもたくさん出てますけど、
チェンバロやピアノ、リコーダーカルテットなどなど様々な楽器による
演奏形態がある中で、オーケストラによる演奏はめっきり見なくなりましたな。
時代の流れってもんなんでしょうか、残念ですな。出したら買うのに。
「初期稿版」による録音も出てますしね。でも「未完フーガ」をカットして
しまっているディスクは最近は見ませんな。昔はちらほらあったもんですけどね。

ま、これらはおいらの印象なので、実際は違うかもしれませんが。
おいらとしては、「未完フーガ」を収録していないCDに出会うと、
がっかりしますな、やっぱり。
「いくらか安くせんかい。ごるぁ!」ってなもんですよ。(←でも買うんだ)

おいらが最初に買ったレコードはオーケストラ演奏でしたが、曲について
なあ~にも知らなかったですし、フーガなんて「小フーガト短調」と
「トッカータとフーガニ短調」のイメージが強くて、
「フーガとはぞくぞくするような、盛り上がるドラマックな曲」と思い込んでましたな。
んで、中坊が5,000円も出してレコード買って、わくわくしながら聴いたワケですわ。
「大バッハ最後の曲」とかなんとかレコード評で初めて知ったしね。
「きっと、ものすげーにちげーね~っ!」ってね。 ワク+.(人´Д`*).+゚ワク


・・・・で、針を落としてみて、 (゚д゚)ポカーン・・・「も、もりあがらね~」
坦々と、同じような曲が、大して長くもないが山場もない曲が続きやがるんだこれが。
「と、とにかく五千円も出したんだ!」
ようやく最後の曲「3つの主題に基づくフーガ(未完フーガ)」にまでたどり着く。
音が流れ始める。「え~、やっぱ暗え、はずまねえ」。
暗く沈んだ第一主題が流れ始めて、「あ~あ」ですよ。
と、唐突な感じで、きびきびとした第二主題が始まった。「おっおっ?」
そして快活な第二主題がやはり唐突という感じで終わると、第三主題
「B-A-C-H」の音列が、それまでのリズムを断ち切るかのようにゆっくりと
暗い顔をこちらに向け始める・・・。そして第一第、二主題が結合され
次の段階へ手渡そうと曲は再び活力を見せ始・・・中断・・・。
「・・・おげっ・・!」
おいらは頭をとんかちで殴られたようなショック?
わけわからん。頭を上げられない、立ち上がることもできない。

この予想外の曲の中断によるショック、いわば「劇的効果」ともいうべき
終止の形が、バッハの意図するところではないことは明かで、
シューレンバーグは、この<劇的効果>は「ふさわしくないし、聴き手に
感傷的な反応を強いることになる」と、記譜されたままの状態での
終止については否定的で<暫定的な終止形>を付けた方が好ましいという
判断をしていますね。

たしかに、曲集の性格を考えれば、その方が正解なのかもしれない。
劇的効果に振り回され、感傷に走りやすいのは「俗人」の俗人たるゆえん
なのだろうし、おいらまさに俗物なので的を射られた感じだ。
この「未完フーガ」を曲集の最後を飾る終結曲とするには、
「対位法の密度が低い」、「曲集の体系とは違和感がある」など、
否定する演奏家もいることは確か。

だが、「フーガの技法」が孕んでいる数々の謎と共に、この
「未完フーガ」自体の持つ悲劇性を暗示するかのような「劇的効果」に
バッハの最晩年のエピソードを重ね合わせて、その突然の中断に
心を奪われた聴き手が少なくないハズ。
ネットを見ると、「フーガの技法」の個人によるディスク評を掲載している
ものがあって、「未完フーガ未収録盤は点が低い」と評価基準を自ら
明かにしていたサイトなどもある。

逆に、「フーガの技法」の孕む様々な謎が存在せず、バッハの手によって
この曲集が完全な形で完成していたとしたら、
せめて「未完フーガ」が完全な形で収まるべき場所に納められて
いたとしたら・・・、
おいらをはじめとする世の素人愛好家はこの曲集に、
同じように惹き付けられたろうか?そう考えたりもする。
(何枚も同じ曲、買ったりしねーよな)

作曲者の意図するところを再現するという観点からすれば、
現在の「フーガの技法」ディスク(演奏)における、「未完フーガ」の
扱い方は正しくない、学術的にはそう言い得るのかもしれない。
だが、おいら自身はその意見には与しない。
「フーガの技法」の構造、作品の体系に「未完フーガ」が
適合するしないは、学問研究の範疇に属するものであり、
演奏家、音楽家の態度は「残されたものをいかに音楽として再構築するか」
であると考える。
今後新たな研究結果、史料的発見がない限り
ディスクに収められる楽曲形態が、大きく変化することはないだろう。
コラール「われら悩みの極みにありて」が、オーケストラによる
演奏が消えるとともに収録されなくなったように、今後も
変化はありえるかもしれないが・・・(まあ、可能性は低いだろう)。


晩年バッハは厳格な対位法技法が、時代の趣向、流れから外れ、
取り残されようとしていることは自覚していたはずである。
彼自身そちらの方向に進むことも、不可能ではなかったはず。
だが、彼はその方向には背を向けた。
人々の趣向が、難解な楽曲から離れ、時代の主流から外れたとしても
それらが完全に消え去ることはないだろうと考えていたのだろう。だからこそ
対位法の技法、その研究の為のよすがを残さなければと考えたのかもしれない。

~晩年のバッハは「密教的」、「秘儀的」傾向を示し始める~。
小林義武によれば、「音楽の捧げもの」のように音楽の素人では
楽譜から音楽を引き出すこともできない。あるいは「ミサ曲」のように
一般の人々には馴染みのない、ラテン語で書かれた声楽曲を書く、などなど
「専門家のみがその芸術作品を理解できる一方、素人にはその門戸を閉ざしてしまう」
ということらしい。
いわく、ーー特殊なものを抜き取る事によって達成される普遍性ーー
バッハが意図的に「未完フーガ」を未完のままにした、などとは
あまりに安っぽい小説じみていて考えにくいが、
結果的に彼の「秘儀的傾向」を補完する結果になったことは事実だ。

だが「秘儀的」「密教的」というミステリーに溺れてしまうことは
厳に戒めるべきだろう。バッハの作品のすべてから「秘数的要素」を
読みとろうとすることと同じく、無意味であるばかりか有害である。
バッハはこの作品を意図的に「秘儀化」しようとしたのでもなければ、
ミツラーの「音楽学術協会」へ提出する、専門家だけが理解できる
<研究成果>として作成したのでもない。(たしかに容易い曲ではないが)
おいら自身は、バッハはこの曲集を「クラヴィーア練習曲集」の一環(第5部)
として作成したのだというマルティン・ゲックの説が妥当と考える。

バッハはこの作品によって、単一主題を展開するフーガすべてを網羅しよう
としたのでもなければ、主題の展開の方法を探求したのでもない。
実は逆であり、その後の展開、変形のために考え抜かれた音列によって、
基本主題の方が作られているのだ。
だがやがて、バッハ自身、その計画にさらなる拡大、変更を
加え、考え続けることになる。そして彼の病気による中断、死によって
結果的に、彼自身意図しない形で出版されることになったのだろう。

作曲者の意図するところではないのは、百も承知だが、
音楽から受けた感興(というより衝撃が近い)で、
「未完フーガ」のそれを越えるものは、以後さまざまな音楽を
聴いてきたおいらにも、ない。
いわば、過去の薬の効き目が、もう一度欲しくてさまよっている
ジャンキー(中毒)野郎と言えよう。
お恥ずかしいことだが、「フーガの技法」の各楽曲の魅力に気付き始めたのは
しばらく経ってからのことなのだ。

最近もエマールのピアノ盤(ドイツグラモフォン)、セバスティアン・ギヨー
のチェンバロ盤(ナクソス)を買った。どちらも気に入っている。
ギヨー盤は「初期稿」に基づく演奏。「初期稿版」を聴いたことのない人にはお勧め。
「未完フーガ」も収録されてるし(普通は収録しない)。
そういや、ピーター・ディルクセンという学者の(学者だぜ?)演奏する
「初期稿によるフーガの技法」のディスクも出たようなので買ってみよ。
昔は「フーガの技法」って2枚組だったけど、最近は1枚ものが多くてイイよね~。


わけのワカラン長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
・・・はっ! お付き合いした人なぞ、だれもいないっ ウワァァァンヽ(`Д´)ノ(完)
 
    (ビケ♪こと管理人) 未完で終わってしまったフーガは、
Bach自身の陰謀、というよりは、
天から仕組まれてしまった?
C.P.E.Bachの余計な書き込みも含めて・・・
そんな気までしてきました。

作曲者の意図しないところで、たくさんの誤解もあるけれど、
種もまた、撒かれることもある。
どんなことでも、「謎」は心の奥深くに撒かれた種で、
少しずつ、根を広げるものです。
改めて聴いてみようっと!
 

「最後」が始まり5

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 3月25日(火)01時00分56秒
返信・引用
  ビケ♪さん、お疲れさまでした。大変よい経験をなされた由、
人間は一般に年齢を経るにつれ、成長の機会を与えられることが
だんだんと少なくなるのが通例。
その意味で希少な体験をなさっているわけです。
その成長の蓄積、過去の遺産を、われら凡人どもに還元してくださるのが
芸術家の宿命・・・あれ?
慰労するつもりだったのにヘンなことに・・・。

残された伝承、残された史料の状況を検証しても、
「フーガの技法」についてバッハが最終的にどのような形(曲数)を
想定していたか推論以上のものはない。バッハ自身この曲集の最終形態について、
決定していたのかどうかも、分からない。
「死者略伝」にいう、「四重フーガと四重の鏡像フーガ」を、
さらに追加することを考えていたという可能性もあるのだろうが、
現存する「未完フーガ」が、その最後から二番目の「四重フーガ」に
該当するのかどうかも、確信をもって答えることはできない。

「未完フーガ」が五枚の紙の片側のみに書かれていたということは
それが<版下原稿>である可能性が高いと思うが、疑問がないわけではない。
自筆譜には、訂正箇所があること。
最初、版下原稿として記入され始めたのだが、途中で訂正を記入した時点で
版下原稿から草稿へ変更した可能性も考えられる。
さらに中断箇所の書かれた最終ページには、さらなる謎がある。
このページには全部で十二段の五線(譜表)が引かれており、五段目まで記入ずみ。
問題は、最下の三段の五線で、間隔が狭まって引かれており、
これは複雑な対位法楽曲を記入するには極めて不都合に思われる。しかも
下から三段目の譜表は、一部、五線ではなく「四線」になってしまっているのだ。
この紙に最後まで記入するつもりだったとは、考えにくい。

しかも、一枚目から四枚目までは十段の譜表であるのに、最終ページだけが
十二段であるのは? 紙が足りなくなったため、たまたま手元にあった
紙を使っただけなのだろうか?
そしてこの曲はそのまま放置された? なぜ?(それとも別稿が存在した?)
あ~堂々巡りだ。

マルティン・ゲックは別の考察を提出している。
それは「未完フーガ」の出来に不満足だったバッハは、
それ以降の作曲を放棄したのだ、というものである。
「未完フーガ」がもしかすると、ゴールとして想定され一時断念した、
「4声の鏡像フーガ」として計画された可能性もあるかもしれない。
だが「未完フーガ」が、「鏡像フーガ」として適当ではないということを
実験で実証しているHPもあるし・・・。
でも鏡像フーガである。コントラプンクトゥス13にしても
鏡像が、正像をそのまま鏡に映した構造になっているわけではなく
声部の入れ替え、オクターブ移調が行われているわけだし。
鏡像フーガにおいても、単純に転回するだけでなく、ある種の細部変更
による完成の可能性、も考慮に入れる必要があるのだろう。

バッハは、新主題と基本主題による四重フーガをそのままで完結することは可能でも、
それを、全体を転回する「鏡像フーガ」としては不適当だと判断し、
中断したのか・・・いやいや、バッハほどの対位法の達人が
ここまで書いてからその不備にやっと気付くなど、あり得ない。考えられない・・・?

いずれにしろ、これ以上は推測の域を出ないわけだが、もし
「未完フーガ」がこの「フーガの技法」の一部であるとするなら
残された史料から、現代の我々が推測している以上の<解決>の方法を
考えついていたに違いない。それだけは、間違いないように思われる。
たとえバッハ自身、曲の中断時点では考えつけなかったとしても。
・・・それもこれも彼にもう少し、そのための時間が許されていたとしたら、なのだが。


で、問題は「残されたもの」をどのように現代の我々が扱うか、ということになる。
曲の配列(曲順)、「未完フーガ」を含めるかどうか、
「初期稿」による完結した曲集の扱い、などなど。

曲の配列に関しては、「平均律」や「ゴルトベルク」のような連作と
同様な厳格な解答はないと思われる。学者の立場としては自筆譜と
印刷譜の差異などに対して、決定的な結論を欲するものかのかもしれないが、
演奏上の曲順に関しては、バッハ自身組み換えを許容しているようにも
思う。例えるなら、組み木細工のように一定のルールの下に
組み換えが可能で、複数の答えを許容する構造になっていると
みてよいのではないだろうか。

使用楽器についても同様に考える。さまざまな楽器による演奏が
許されるのではないか、ということだ。
曲集としてチェンバロを想定していることは確実なのだろうが、
それに固執する必要はないのではないか? もちろん編曲も
必要になるだろうが、バッハ自身はそれを許容しているとみる。
それは、バッハ自身の手による「コントラプンクトゥス13(鏡像フーガ)」の編曲、
「2台のクラヴィーアのためのフーガ(2曲ある)」の存在を根拠とする。(なんかエラソだな)

これは「フーガの技法」中、唯一楽器の指定があると考えられていた曲だが、
レオンハルトらの研究により、このタイトルは「クラヴィーア」という
楽器名の記述のよりも、「2台の」という記述の方に重点を置いて読むべき
であるとされたものだ。
この曲は「13」、つまり鏡像フーガ(正像と鏡像の2曲からなる)が
3声部であるのに対し、自由な声部を加え、4声部とし、
2人(4手:2台のチェンバロ)によって演奏するよう編曲されたものである

が、この曲は「自由声部」を加えたために、お互いが転回された形ではなくなって
しまい、ためにこの2曲を鏡像フーガとは呼べなくなってしまっている。
この曲をバッハは印刷に回す意思はなかった、つまり曲集に含めるつもりは
なかったと思う。(完全に曲集の構造からは逸脱している)
バッハは「フーガの技法」を<研究>してもらいたいという意図を、
出版の重要な動機として持っていたであろうが、
曲集が演奏に供されることを、二義的と考えていた訳でもない、と思う。

そして、その実証例が「2台」なのではないか?
一声部加えたことにより「鏡像フーガ」ではなくなってしまったが、
より完全に演奏するため(演奏効果?)、また手をひとつ遊ばせないために必要だった。
曲集の意義、曲の構造とは別に、<演奏>という行為を重視していた、
あるいは、演奏のためにはある程度の変更は許容される、いや
それくらいできないようでは一人前の音楽家ではナイ、とバッハは考えていた・・・と。
この「フーガの技法」を研究してもらうことは望むところではあるが、
これを『不磨の大典』として、「勝手に解釈、変更したりすることはまかりならん」
とまでは、考えていなかったのではないだろうか。
フーガとは、無味乾燥な数学公式、法則の類ではないのだから・・・。

これは、バッハ自身が示した証拠、なのではないか?
(だれも認めないかもしれんけど)

あ~、今回はきつかった。本文の書き出しに迷った迷った。
誰も喜ばないこんな文章、ここまで引っ張っちまったね。ごめんなさい。
そんでさらにごめんなさい。もう一回だけ続くの許して・・・。

おまけの画像は「未完フーガ」の最終ページ、ですが、問題の箇所
切れちゃってますね。ギリギリ四段の譜表が見えるかなって・・・ああ。
(つづく)
 
    (ビケ♪こと管理人) 推理小説を読んでいるみたいですね~
こういうの、楽しいですよ!

えーと、自分が成長するチャンスは、自分で作らないと、
もう、勝手に巡って来てはくれない年齢でしょうね。
でも、ここで終わり、ということはない世界、
いつまでも、より上を目指していきたいですね~
 

凡人の間奏曲

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 3月17日(月)22時40分26秒
返信・引用
  ふーっ。年が明けて早(はや)、3月ですよ。
話は「バタフライ1000m」の話ですよ唐突ですけどね。
昨年末に400m達成して年明けに500mですよ。やった!と思いましたね。
それから2月末まで毎回、500m泳ぎました。そのこころは、
「どんなに調子が悪かったとしても、500mくらいは泳げて当たり前」
という風になるためですよ。

3月に入って調子がいい時、600m、1回成功・・・。次はやっぱ500m。
その次も500m。まだまだ先は長いかな。
で、先週ふと思いついたことを試してみた。
長距離をバタフライで泳ぐために、できるだけエネルギーを使わないように
下半身(キック)を、積極的には打たないようにしてたのだが、ある程度の力で
足で水を押すような感じで打ってみることにした。
ただ、うねりに任せた動きでは、デッドウエイト(重り)になるだけで
かえって遅くなり疲れるのではないか、
結果的に打った方が推進力が得られて、逆に楽なのではないか? と思ったのだ。
ひら(´・ω・`)めき!

やはり、楽に顔が出る!いける(気がする。が、長丁場だし)。
500m、よし。せっかくだから600mは行かないと!
600m、ここまできたらもう100mプラスで終わりたいっ。
700m、やめるか?ここで止めても最高記録だぞ。だがまだ行けそう。
800m、もうここで止めても・・・バカ言え!あとたった200、200mだぞ!
900m、950m、あと50mなんぞ、これまで何度もやってきた。ラスト50。
1000m、・・・・ついに、やったよ。やった。

やってもた。今年の目標、3月でやってもたがな・・・。

意外に、はしゃいでないって? そうね。そう時間の問題だと
思ってたからね。500m成功した時、「あ、こりゃ水泳部入ってた人間
だったらバタ1000mなんて、容易いだろうな」って、実感したからね~。
それでも500mから一足飛びにはできなかったよね。やっぱ大変。

何が一番「大変」なのかっていうとね。
一応バタフライ泳げるって人間を前提とするとですけどね。
あ、その前に。
バタフライのイメージってどうですか? 平泳ぎとかクロールとかと
比べて? 「しんどそう」・・・こうじゃないですか?
「腕が上がらなくなる」・・・そうですよね。バタフライできるけど苦手
って人も、よくこう言うんですよね。

そこなのよね~。ポイントは、疲れに対する「恐れ(恐怖心)」なんですよ。
「恐怖心」が「大変」??? 文章が変・・・違うちがう!
「恐怖心(恐れ)」は、筋肉を硬直させて無駄な力を使わせ、
結果的に疲れを早めることになる。
「早く終わりたい。早く向こう側に着きたい・・・」などなど。

では「平常心」? 平常心を保つことが「大変(大事)」ってこと?
そう。だがそれは容易いことではない。
でも~、「なんだそれだけの事」って思わなかった? だろうね。
メンタルコントロールだね。「怒り(発憤)」だの「思い込み」だのは
一時的に瞬発力筋力を高めるものだろうけど、そんなのは
長距離、長期戦にはあまり効果的ではない。かえって無駄ムリで
疲れを早めてしまうだけだ。
出たしが調子よくても、距離が積み重なるつれ、疲れが出て来るにつれ、
いやでも精神的な「弱さ」が顔を覗かせ精神を支配しようとするのさ。

「ここまで頑張ったじゃん。もういいじゃん」「こんなことそんなに大事?」
「また、次頑張ればいいじゃん。もうこんなに辛いんだから・・・」

これらの心の声に負けるなってことでしょ?・・・違う。
大抵は、これらの声が明確に意識に上がる前に人は負けてしまうのだ。
曰く、「早く終わりたい。早くこの状況から逃れたい」。そして無駄な、
必要以上の力を使って疲れを早めてしまう。そしてそうなった人間の心に
上記の言葉が明確な形となって聞こえ、その誘惑に易々と負けてしまうのだ。
そして、心の通奏低音として「失敗するかも、失敗するかも、失敗・・・」
が絶えず意識下に流れ続けているのだ。
そして、失敗して思うのだ「やっぱダメだったアハハ・・・」
ここには厳しい状況から逃れられた安堵感とともに、「失敗するかも」
という「予言」が当たったという安心感がある。

「安心感」?そう、こういう人間は調子が良ければ良いほど、「不安」になるのだ。
「こんな調子、いつまでも続く訳がない。いつかダメになるに違いない」
周りから見るとすごい好調なのに、当の本人は不安で不安で仕方がない。
そして、自分がダメになる、負けるとある種「ホッ」とするのだ。
「やっぱり、思った通りだった」・・・。

これを「負け癖」というのだ!
「負け癖」は実に厄介なシロモンだ。だが負け癖をつけてはいけないのだ。
おいらもそれらの声に打ち克つほど強くはないし、強烈な精神力を
持っている訳でもない。ではどうやって・・・?

泳いでいる時は、実にさまざまな想念が浮かんでくる。ポジティブなことも
ネガティブなことも、どうでもいいこととか、も。
でもおいらはそれらに頓着しない。浮かんでは消え浮かんでは消える
考え、思いをだた眺めているだけ、そして「歌って」いるだけ。
「歌」というか、いろんな旋律を頭の中で流しているんだけどね。
でも、やっぱそれでやれているのは、「練習」の積み重ねという自信が
裏付けにあってこそだよね。やっぱ。

で、1000mやった。うれしかったけど、500mの時の方が達成感があったな。
時間も掛かったし、200m時代が1年以上続いたからね。
で、500mのとき、「見えたんだ」よね。先にゴールが。
実際はどうかわからんけど、「手が届く」と自分がそう実感できることが大事。
「ああ、見えたな」って、あと意志と時間の問題だなって。
でも、家に帰ってから聴いたサヴァールのマラン・マレが、
なんとウキウキ、心を弾ませたことか・・・。「にっひひひひひ」と一人。
キモチわるっ。
ビケ♪さんの「心身一如」には、遠く及びませんな。


「では聞くが、貴様、自分の最高傑作にそれ(誰からも理解されない、
 無意味なことを追加して台無しにすること)ができるか?
 それができる者こそ 超一流と呼ばれるのだ」

「なぜだ?・・・それは最高傑作が生まれた瞬間に?次?が見えるからだ」
 (永野護「ファイブスター物語」より)

え~、おいらは超一流でも一流でもねえですが。
バッハは苦労して4声の三重フーガを転回形を導入して仕上げ、
初期稿には満足していたはず、だがある時思った。
「4声の四重フーガで転回形を導入してみるか。4声の鏡像フーガもやるか」
(ここへ繋がるか~)

・・・バッハには「次」が見えたのではないだろうか?

「死者略伝」の記述は、この頃(1747~9年頃?)の情報に基づくもので
あながち、いい加減な情報ではなかったのかもしれない。
4重フーガに転回形を導入したいのだが、基本主題をベースとしたので
かなり困難、ということで全く新規の主題による4重フーガを考えた。
だが、曲集のフォーマットとして「基本主題」を外す訳にはいかない。
そこで、新規の3主題と最後の主題として基本主題の4つの主題による
四重フーガを考えたと・・・?(いかにも素人考え)
するってーと、シューレンバーグ氏が考えたように、補筆部分に
転回形を導入したことも、根拠があるということになるなあ・・・。

というふうで解決されないまま 続く。(次回で決着付けたいっ)
 

「最後」が始まり4

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 3月14日(金)00時12分57秒
返信・引用
  やべやべやべ。「MY MUSIC STUDIO」の7が出ちゃったよもー。
おいらまだ、3までしかやってねーよ。置いてかれてるよー。
テキスト通りにやれば一応できるんだけど。テキスト閉じると
まったく頭に入ってねーんだ。
あれだ。パソコン教室で教えてた時、おばちゃんやらおじちゃんが、
何日経ってもツールバーの意味が分かってなくて、
保存すんのに「どこでしたっけ。どこ」とか言いながら
「編集」フルダウンしてんじゃねーよ、とか思ってたけど、
ワカルなー。そうなんだよな。テキストや先生の言うように動いてるだけで
自分の頭で作業の意味考えたり、機能理解してないんだよなー。
追いついていくのがやっとでさ。
やっぱ、パソコンも語学も、自分で苦労してさんざん間違えないと
身に付かねーもんなんだよな。きっと。

『おフランスは お好き?』・・・いーですね~。
「ルソン・ド・テネブル」。きぃ~~。いやされるなーきっと。
「恋するうぐいす」あ~~、もぉおお~~っ!(何だよ?)
選曲がステキすぎるっ!
大人3,500円か。お、小中学生1,500円だね。
おいら、心が中学生で、ちのー程度が高校生なので2.000円ってことで。
ダメ? あ、そっすか・・・。

スイマセーン(またか)
前々回「バッハが亡くなったのが8月28日」とか書いてますけど、
間違えました。正確には「1750年の7月28日」です。
それと、前回の最後の部分、分かりにくかったかもなので、
もう一度繰り返すとですね

自筆譜の中で「未完フーガ」だけが、<二段譜表>で<紙の片面>のみに
記載されている。
他の曲は「四段譜表」で記されており、印刷譜も四段で出版されている。
「紙の片面」というのが、版刻のための「版下原稿」だった為、とすると
他の曲との整合性がとれなくなる。
印刷譜も、12曲目まではバッハ自身の校訂によるとみられており、
この曲集を基本「4段譜表(オープンスコア)」で出版することは
バッハ意図であったと考えられる。・・・よって版下原稿説は、ありえない。
(少なくとも未完フーガが「フーガの技法」の一部であるならば)

ではなぜ、「未完フーガ」は紙の片面のみに記載されているのか?
バッハが紙の使用に関しては非常な倹約家であったということはすでに
述べた。では、いったいなぜ? どういった理由で?
もっとも簡単な答えは、
「未完フーガ」の自筆譜は、「フーガの技法」には含まれない
別の曲の「版下原稿」である、ということだろう・・・。
・・・・<オッカムの剃刀>によれば、これが正解だ。

<オッカムの剃刀>とは~、
「ある現象を説明する仮説が複数ある場合、より単純な方を選ぶべきである」という
ひとつの方法論、立場を示すもの。だがこれは、真理とか定理、経験則という
わけでもない。
(必ず単純な方が正解であるという証明はないという事だが、
 なんかカッコイイ。単純な理論の方が美しいっていう美学的見地かも)

「フーガの技法」という曲集を貫いている「単一の主題を素材にした
対位法技法による展開」という原則からすると、この「未完フーガ」
は規格外品ということになる。
研究者たちの間で、ほぼ定説と言われる説・・・
まったく新しい3つの主題と、最後にようやく顔を出す「基本主題」との4重フーガ
という構造は、それまでの原則からはみだしているように思える。
まるで毎回登場している長大な連続ドラマの主人公が、ドラマの番外編(外伝)とか
(ちょっと長目の特番)に、前、中盤まったく登場もしないで、最後だけ
顔を出して、「これもドラマの一部だ」と言われているようなものではないか?

ぬ~。書いてておいらもこれが正しいような気がしてきた。
だがまて。結論はまだ出さない(ってか出せないか?)としよう。
おいらが引っかかったのは、
これが「4声の四重フーガ」だ、ということなのだ。

バッハは自筆譜中の「初期稿」としてまとまっている一群について、
最初は満足していたはずだった。それは
「三つの単純フーガ」「三つの反行フーガ」「二つの二重フーガ」
「二つの三重フーガ」「二つのカノン」「二つの鏡像フーガ」という構造だ。
これは全体的なバランス、構造の見通しもよく(専門家に言わせるとね)
まとまりもあるらしい。
が、バッハは後に不満だが、不足だかを感じて計画の拡大を
思いついたのだろう。が、それがどえらいことになった!

おいらもよくあるが、プラモデルが完成して棚に飾って毎日眺めて
「えっへへ~カッコイイ」とか最初は悦に入っているんだけど、
そのうち「あ、ここ気にイラね」だの「ここ、こうした方がもっと」
とか思い始めるの。絶対!
でもその修正ってのは、すっげー手間食うのよ、大抵ね。
直しているウチに「あ、ここいじったら、ここも直さないとバランスが・・・」って、
前の状態でもそれなりにバランス取れてたのが、ほっとくと
作った本人も収拾がつかなくなる地獄に墜ちるの。そういうもんなの。(趣味ならまーね)
だからプロはそこらへんの「見切り」が大事なのよ。
仕事やるってのはそういうことなの。時間も予算も限られてんの!
(妥協も必要だが破綻もさせない。完璧な状態でデキる仕事なんてナイナイ)


で、「4声の四重フーガ」にひっかかったという話なのだが。
まず、初期稿に戻ることにする。
「初期稿」の中でも問題になるのが「コントラプンクトゥス11」。
これは初期稿中における頂点となる曲である。が、同時に
ある危機を提示していもいるのだという。

「この作曲家は、彼のキャリアの中で初めて、3声の三重フーガを
 三つの主題全部において転回するという課題を自らに課す。バッハのような
 人物ですら(中略)、テノール声部が無理な歪曲なしには、この課題を果たす
 ことは出来なかった」
(マルティン・ゲック「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ」)
つまり、三つの主題を上下ひっくり返した転回形と結合進行させるには、
テノール声部が、まるで被災地の救援隊のように、あっちこっちの和声上の穴を
埋めるために極めて不自然な進行をしなければならなかった、ということだ。

この危機的状況に陥りながらも曲を完結させたバッハは、三重フーガを
転回対位法によるフーガ(鏡像フーガ)として完成させることは、かなり困難だと
理解しただろう。ゆえに新たな「鏡像フーガ」2曲に取り掛かったのだ
(フランシス・トーヴィの推測)

この4声の三重フーガ(コントラプンクトゥス11)において、
第三主題に「B・A・C・H(変ロ・イ・ハ・ロ)」の音が現れる。
(ターン・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タってやつね)
「未完フーガ」においても、第3主題として「BACH」の音列が現れることを考えると、
初期稿においては、この「11」が頂点として企画されていた、ということの
傍証となるのかもしれない。
・・・と、いうことを認めると、やはり「未完フーガ」は
「フーガの技法」の頂点となるべき曲であった、ということになるのだが・・・?
(困った!)

ああっ すっげー長くなった。ごめんなさい。でもつづく (`・ω・´)シャキーン
 

「最後」が始まり 3

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 3月10日(月)22時56分38秒
返信・引用
  え~。さて、どうしたもんかな。(おいおい・・・)
と、いうのは、
どういう解釈をするにせよ、現時点で残されている史料は決まって
いるわけで、バッハの死亡時点において、たとえ「未完フーガ」が完成して
いたのだとしてもそれは、おいらたちの手の届かない闇の中に消え去ってしまった。
どーしよーもないことには変わりはないのだな。

「フーガの技法の心臓部である。『四重フーガ(未完フーガのこと)』が
 完成していないのに、作品を彫版に出すなどということが考えられるだろうか」
(小林義武『バッハーー伝承の謎を追う』)

確かに・・・説得力がある話ではある。が、ここで「未完フーガ」の
予測される最終的な形について、ちと考えてみる。
この現状「三重フーガ」が、本来の完成形が「四重フーガ」であるはずだ
ったというのが、現状に置いての定説であるということなのだが。
つまり現状の3つの主題(基本主題と関連がない)に、
「フーガの技法の基本主題」が、第4主題として導入されるはずだった。(これが基本構造)

で、第一セクション 第1主題の呈示(1~115小節)、
  第二セクション 第2主題の呈示と第1、第2主題の組み合わせ(115~193小節)、
  第三セクション 第3主題の呈示(193~233小節)、
  第四セクションへの移行部分(233~239小節)
となっている。
この「第四セクションへの移行部分で第1~3主題が組み合わされ
(当時に鳴らされ)、調性は中断箇所で主調のニ短調に戻っている。

この第四セクションは存在しないのだが、当然、四つの主題を組み合わせた
スケッチが存在するはずで(この組み合わせの確認をしないで、頭から作曲
はしない)、現存する史料とそのスケッチを合わせると、
「欠けている部分は第4主題の呈示部と、全体の結尾部分のみであり
 バッハにとっては(中略)、長い期間を要する仕事では(中略)
 残りの部分を完成させる時間は充分にあった・・・」(以上、小林義武 同掲書)

ここで、各セクションの長さを見てもらいたいのだが。
現存する曲では、第一セクションが全体のおよそ半分、第二セクションは
その約半分、第三セクションは・・・というようにだんだんと短くなって
いるのが分かる。このあと移行部分に続いて、第4主題(基本テーマ)が
呈示され、結尾部分に至る・・・かんせい!・・・???

う~~~~~んん? いいのか、それで。
基本主題が導入されるとはいっても、「コントラプンクトゥス1」の
ように長々と展開されるようなことはないのだろうが、
3つの新しい主題と基本主題を結合させて・・・おわり?
それが、この「フーガの技法」という曲集の構造の中で
いったいどんな意味を持つというのだ。おいらには理解できん。

「バッハが書いたフーガの中で最も長い曲」・・・?
そんな上っ面な体裁上のことに、バッハが挑戦すると思うかい。
単純に基本主題を導入して終わりではなく、何かを考えていた?
もっと想像もつかない、ドデカイことを?
そうかもしれんねー。(やりかねん!)

エマヌエルとアグリーコラの共著である「死者略伝」の記述。
「故人の最後の病は、彼の構造に従って、最後から二番目のフーガを完成することも、
 また四つの主題を含み、のちには四声部すべてにおいて一音符一音符
 転回されるはずだった最終フーガを仕上げることも、阻んだのである・・・」

この記述をどう判断するか。エマヌエルほか年長の子どもたちは
すでにライプツィヒを離れて久しく、バッハの最晩年の証言者として
いささか信憑性に疑問がある。かの未完フーガ中断ページの書き込みも
バッハの死後20年ほど後に書き込まれたものであるらしい。
かといって必ずしも虚偽であると証明することもできないわけだが。
基本主題導入後に転回形(主題を上下ひっくり返したもの)を導入する
というのも、どーかな~?

シューレンバーグは「補筆完成の可能性」として
転回形を導入した形として完成させているが、おいらは疑問だ(えらそーに)
音源(もちろんおいらが作った)もあるので、公開しようかとも思ったが
昨今著作権とやらがうるせーし。
(あくまで著作権[補筆部分に関して]は作曲者シューレンバーグにある。
 おいらにあるとしたら著作隣接権[演奏家とか、レコード会社とか]。
 バッハの作曲部分については著作権は切れている。フリー)

確かに「未完フーガ」がフーガの技法の一部だとしたら、
「要の曲が未完なのに印刷の準備を進めるだろうか」という疑問は説得力がある。
だが、「未完フーガ」にはまだ謎がある。
自筆譜で残された「未完フーガ」は鍵盤楽器用の「二段譜表」で記載されているのだ。
前に書いたように、自筆譜に含まれる他の楽曲は「四段譜表」で記載されているのに、だ。
その上、「未完フーガ」は5枚の紙の片面だけに記されている。
バッハは、紙に関しては非常な倹約家であった。
ということはこの「未完フーガ」の自筆譜は印刷のための「版下原稿」だったのか?
(版下原稿とは、銅板に貼り付け彫版するために作られる原稿)

だが・・・印刷譜では「未完フーガ(三つの主題に基づくフーガ)」も
やはり他の曲と同様、四段譜表で出版されていることを考えると
版下原稿という可能性は・・・?

では、やはりレオンハルトらが言うように「未完フーガ」はフーガの技法とは
無関係な曲であり、基本主題が他の三つの主題と結合可能であるというのは
単なる偶然、に過ぎないのだろう か?


ううっ、謎が深まるばっかりで、ちいっとも解決に近づかないね。
でもそんなふうで また続くよん。(´ω`)・・トホー
 
    (ビケ♪こと管理人) うーん、謎解きは、その過程が楽しいのですよね~
どうなるのかしらー?
 

「最後」が始まり 2

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 3月 4日(火)22時23分10秒
返信・引用
  「このフーガを作曲中、BACHの名が対位主題に導入
 されたところで、作曲者は死亡した」・・・

「未完フーガ」の自筆譜の中断されたページの余白には、
上記の一文が、エマヌエル(バッハの次男)の手によって書き込まれている。
この事実と、「死者略伝」の記述によって「フーガの技法」がバッハの最後の
作品であるとされたのだろう。

と、ここまで来たんでついでに、「未完フーガ」とバッハの病気の関連
について書いてしまおうと思う。
「フーガの技法」は1740年代前半(42年)に、現在初期稿として
知られる形で完結していた。が、バッハはさらに曲の追加、細部の変更など
改訂を続けていった。そして出版の準備を始め、版刻を進めた。
「未完フーガ」は、版刻を進めていた時期から書き始められ、中断したまま
の状態で版刻。死後「フーガの技法」の一部として出版されている。

そもそもこの「未完フーガ」は、「フーガの技法」の一部なのか?
という疑問もあるが、現在、大方の学者の意見は、
「4重フーガとして計画された(4番目の主題として「基本主題」が導入
 されるはずだった)が、未完に終わり、未完の3重フーガとして出版された」
ということで合意に至っているらしい。が・・・(ま、置いとくか)

市販されているバッハ関連の書籍では、中断箇所の エマヌエル・バッハの記述とともに、
その後、バッハが失明し目の外科手術を受けたこと。
手術は2回行われたが失敗に終わり、視力は戻らなかったこと。
術後の怪しげな投薬により体力を著しく消耗したこと。
その後突然視力を回復するが、卒中の発作を起こし、その後死に至った、
と書いてあるのが大半だと思う。

これだと、「未完フーガ」は失明により中断され、そのまま再び再開される
ことがなかったように読めるのだが。
そもそも、バッハはなぜ失明したのか?
 ・・・これがなぜ「疑問」になるのかと言うとだね。
バッハはある日突然それまで異常がなかったのに、急に目が見え
なくなって書き仕事ができなくなったのではないからだ。
目の異常の前に、自筆譜や手紙がぎこちない乱れた筆跡に変わり始めているのだ。

この時期(バッハの異常の始まり)は筆跡の研究によって、
1748年の8月(8月1日~8月26日の間)と判明している。
1749年の10月、バッハは失明により書き仕事がまったくできなくなっている。
(手術は、翌年1750年3月、死亡は同年8月28日)
そこで「フーガの技法」の手稿譜において、この晩年の「危機的筆跡」を
示しているのは「未完フーガ」のみ。
つまり、未完フーガは1748年8月~1749年10月までの間に書かれ
中断されたということになる。(あと同様の筆跡を示すのは
「ロ短調ミサ曲」のクレド以降:既存の小ミサ曲に大規模な加筆を
 行った。つまりバッハの最後の大規模な作品は「ロ短調ミサ曲」である)

これまでは筆跡の乱れについては、「視力の低下」によるものだと
説明されてきたのだが、それだけでは説明できない手のコントロールの低下
などが筆跡の乱れから窺えるというのだ。

バッハについては、幼少の頃のエピソード(月の光で楽譜を写した:ホントか?)
などで目を酷使してきたなどと言われているし、孫(画家になった)が、
ずいぶん本を目の近くで読んでいる自画像を残しているので、そういう
近視の傾向はあったのかもしれない。それに肖像画などから高血圧も指摘されたり
もしているが。失明の直接の引き金となった病因は、それらでは、ない。
たぶん・・・
専門の学者たちでは常識なのかもしれないが、原因は「糖尿病」だ。
糖尿病とは、どういう病気なのかというと。「体を老化させる病気」
「血管をボロボロにする病気」といって差し支えないと思う。
恐ろしいのは尿から糖が出ること自体ではなく、「合併症」なのだ。
治療されないままの糖尿病は、合併症を進行させ、細部の血管をぼろぼろにし
神経障害を起こす。その部分は特定されず、目、心臓、腎臓、手足と
どこに症状が表れるかは各患者でさまざまである。
バッハの場合は、手(足も?)に神経の障害が起こり、その次に眼の血管が
障害を起こし白内障を発症したのだろう。

で、バッハは著名な眼科医(?)の手術を受けることになるのだが・・・

この眼科医、「ジョン・テイラー」に関してクリストフ・ヴォルフは
英国王の眼科医の称号を持つことなどから、
「決してもぐりの医者ではなかった。手術は成功したが、
 術後の投薬のせいで失明に至った」と、確か書いて
いたとおもうが、おいらはそうは思わない。
有名なヴォルフに楯突くようで恐れ多いのだが、テイラーを批判した
当時の記事はあまたある。バッハの手術の新聞記事などもあるが、
事実関係が間違っている上に
「手術は成功し(バッハは)光を取り戻した。テイラー騎士
(サーの称号を持っていた)にはいくら感謝してもしたりないくらいであった」
などと虚偽まで書かれている。しかもこの新聞記事をテイラー自ら書いたとする
説(エルネスト・ハイネ)まであるのだ。

眼科医という一般のイメージがあると思うが、このテイラーは
たくさんの共を従えて、馬車とジプシーキャラバン隊を連ね、
移動サーカスのように、縁日から縁日、宮廷から宮廷へと渡り歩き、
称号をかき集め、観客を集めては新聞に記事を出し、術式を見せては
成功記事を新聞に出し、また次へという興業を行っていたのだ。

18世紀の医療がそれほど未発達なものではなかったことは知っているが、
眼科医に関して、いやそれ以前に医師という職業自体に
かなりの数の「いかさま師」「詐欺師」が紛れ込んでいたことも事実なのだろう。
加えて、糖尿病に関しての知識、医療がどの程度のものだったのかは
分からないが、バッハについては高血圧、糖尿病に対しては
何らの治療行為も行っていなかったのではないだろうか・・・?

と、いうことで「未完フーガ」が49年の10月までには、あの状態まで
書かれており、バッハが死亡するまでには10か月ほどの時間があったことになる。
突然の失明、あるいは死がバッハからペンを奪った訳ではなかったのだ。

では、あの「未完フーガ」は本当に未完だったのか?
あるいは完成しないまでもその先に繋がる草稿が存在したのではないか?
そもそも「基本主題」が登場しない未完フーガは、「フーガの技法」の
一部だといえるのか?

もし、未完フーガが「フーガの技法」の一部なのだとしたら、
「心臓部」が完成していない作品を、バッハ自身、出版しようとするだろうか・・・?

あ、つづくね。こりゃ。
 
    (ビケ♪こと管理人) たけどんさん、すごい! 調べてますねー。
こういうのって、止められなくなりますね。
むしろ、音楽それ自体よりも、
作曲家が生きた当時の生活習慣や、職業論などに
興味が広がっていきます。
続きが楽しみです!
 

「最後」がはじまり

 投稿者:たけどん  投稿日:2008年 2月25日(月)00時51分22秒
返信・引用
  ある日、テレビを見ていてCMを見た。
雑誌の広告にも載っていたので注目していた。
それは何かと尋ねたら・・・「MY MUSIC STUDO」だ。

かの「DeAGOSTINI」が売ってる一連のシリーズものの
「音楽作成ソフト」。第一巻目創刊特別価格490円だ。いつもの手だ。
次巻から高くなるアレだ。
収録されている「音楽作成ソフト」は「Singer Song Writer(SSW)」。
おおっ、これはおいらがマックで使っていたヤツではないかい。なつかしー!
今はもっとバージョンが上がって、機能も増えているに違いない。

かつて「フーガの技法」を足かけ2年もかけてデータを打ち込んだのに、
今現在、おいらのSSWは、マックの動かないハードディスクの中に眠ったままだ。
実を言うと、足かけ2年かかったといっても、「フーガの技法」を
コンプリートしたわけではない。
「8度のカノン」が9/16、「12度のカノン」が12/8とかいう、
おいらの持ってたSSWでは選択できない拍子だったからだが、
もう対丈夫だ。と思って「MY MUSIC STUDIO」買っちゃった。(当然、Windows用)
(と思ったら 、現時点では9も16も選択不可だった。
 買い続けてバージョンアップデータを待つしかないようだ)

だが、これで戦えるっ!(だれと?)
今まで「ろくに楽器も扱えないくせに音楽について、知ったふうな口聞く
のうがきタレ」に過ぎなかったおいらも、こ、これでミュージシャンと
対等に戦えるっ。そして、ゆくゆくは、かの「チェンバロ弾き」にすら
挑戦できるかもしれないいっ!(・・・それはムリ、どう考えても)


さて、そんな「フーガの技法」だが、これまでは
バッハの「白鳥の歌」、最後の作品だと言われてきた。
その他にも、様々な<謎>を提供している曲集なのだ。

1.作品の成立時期・・(バッハの最後の作品か)
2.使用楽器・・(オープンスコアで記譜されている)
3.初版印刷譜の楽曲の配列・・(または演奏の順番)
4.未完の4重フーガ・・(は未完か?)
5.初版印刷譜の校訂者・・(なぜ誤りが多いのか)

などなど。
作品は、「自筆譜」と「初版印刷譜」の二種の楽譜で伝えられている。
自筆譜と初版譜では曲数、タイトル、配列などに違いのほか、
曲自体にも長さ、細部の違いも存在する。
自筆譜自体も、これが浄書譜であるのか草稿譜であるのかで異説がある。
バッハは1750年の7月28日に亡くなっており、
自筆譜は1740年代前半に成立している。
初版譜はバッハの亡くなった一年後の1751年に出版されている。

自筆譜は、いったんそれで完結した形(初期稿)である。が、バッハはその後も
細部の変更、曲の付加など、曲集の改善に努めている。
(初期稿によるCDも数種ある)
自筆譜はフーガ10曲、鏡像フーガ4曲、カノン3曲、添付曲3曲、未完フーガ(断片)
初版譜はフーガ11曲、鏡像フーガ4曲、カノン4曲、2台のクラヴィーアのためのフーガ2曲、
未完フーガ、コラール
・・・だが、曲の数え方も実は複雑なのであったりもするが、まあこんなだ。

レコードCDはさまざまな演奏形態のものが出ているが、
バッハが演奏楽器としてチェンバロを想定していたことはほぼ確実のようだ。
オープンスコア(ソプラノ・アルト・テノール・バスの4段譜表)で出版されて
いることはは、かつてのレコードなどにおいて「楽器の指定がなく、さまざま
な演奏形態が主張されている」などと、解説文に書かれていたものだった。
が、レオンハルト等の論文によれば、
当時の習慣として鍵盤楽器用の曲がオープンスコアで出版されることは
何ら異例なことではなく、習慣として存在しているもののようだ。

曲集全体が2手で演奏可能なこと(一部例外もある)、バッハの
鍵盤楽器特有の書法が使われていること。しかしオルガン用の曲としては
ペダルに配慮した書法ではないこと。また弦楽アンサンブルにおいて、
例えばテノール声部がヴィオラの音域を超えた動きをしてしまい。
一種の楽器で一声部を演奏できないことなどにより、
弦楽アンサンブルは想定されていないことが明かであること。

以上により想定されていた楽器はチェンバロということなのだが、
おいら的には、他の編成、楽器による演奏を排除するものではない、と
思いたい。だってその方がオモシロいじゃん? 編曲だって否定しない。
だが問題はある。
それは、レオンハルトが見抜いていたような「明かな鍵盤楽器書法」や
アンサンブル演奏に際しての不都合に、従来の演奏家、音楽家は
まったく「気が付かなかったのか?」・・・ということなのだ。
それとも演奏家は気付いていたが、知らんフリで編曲でお茶を濁し
レパートリーとレコードカタログの数を増やし、解説者も知らんフリを
してたのかって、ことですよ~(おいらたちダマされてたの?)

・・・とまあ、書いたけど、「フーガの技法」を聞いたことのない
人も多いはず。聞いても面白くないかもだしね。
そこで前においらがSSW使って作ったやつがROMであったので、
聞いてみてください。mp3にしてありますので聞けるはず
zipで固めてありますので解凍してくださいな。

http://onishibata.ddo.jp/20/download.php?id=02550
(アップローダーを借りてますので、お早めに。
 Downkeyは 「takedon」その欄の、2行下に、やや小さく
 「Download」の文字がありますのでクリック(分かりにくい)。
 サイズが大きいので時間かかりますが悪しからず)

曲は
開始曲、「コントラプンクトゥス(対位法)第1番」(基本主題による単純フーガ)と
最終曲、「コントラプンクトゥス19番(未完フーガ)」(新主題による3重フーガ)です。

現存する未完フーガには、それまでの全曲の根幹となっていた基本主題が現れません。
しかし、3つの新主題と基本主題が結合可能であるということで、
現存する中断部分の後に基本主題が現れるはずであったというのが、通説なのだが・・・。

今聞くと、何だかな~。(ビケ♪さん呆れてる?)
直してえけどデータが取り出せないし。あ~あ。
 

なぜ、生協は?

 投稿者:福田総理、弱すぎ  投稿日:2008年 2月11日(月)10時37分53秒
返信・引用
  左巻きの生協が証拠の食べ物を中国に送り返してしまいました。中国は、日本の農薬が入っていたとか言ってきそう。日本の農薬が入っていたと言われたら、日本国内の責任にされ、中国が悪いのに日本の責任に押し付けられそう。しっかりしてよ~、日本政府。左巻きの生協は中国の味方。中国からの食べ物は恐ろしいですね。中国の国内では、昨年は毒いり食べ物の事件が多発し、食べたたくさんの中国人が入院しているのを、日本テレビの日曜6時からの番組で見ました。コワイですよ。国民の安全を守る為に、日本の政府も、もっとしっかりすべきです。真剣に取り組んでたら、今回の毒いり事件を防げたのかも。私は、体を壊したくないので、もう、中国産は、クチに入れられないです。ようすいも、井上ようすいは上手いけど、腐ったようすいの倖田來未は悪女で害が大きいですね。  

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