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ヴェネツィアとナポリ1

 投稿者:たけどん  投稿日:2010年10月 5日(火)22時51分35秒
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  なんだか、あれですな。「尖閣諸島」。

中国もいよいよ正体を見せ始めましたか。
民主党政府も、自民党時代と相変わらず「へたれ」なのは変わりませんな。
船長を帰せば、丸く収まるハズ・・・が、日本人人質にとられるとは。
「お話し合い」で世界は平和になる、のではなかったのですかな?

「中国を刺激してはいかん」
で、自分の土地に勝手に入ってこられて、注意したら殴られた。
で、捕まえたのに、相手が怒るから「還しましょう。取引もあるし」・・・?
そういう甘い対応をしてるから、つけ込まれ続けるんでしょうに。
これで一番ガッカリしてのは、日本人だけでなくて、
東南アジア(ベトナムとかフィリピン他)だよね。
中国の脅威を実感している彼らは、日本の毅然とした
態度に期待してたのに、日本はそれを裏切ってしまったのだ・・・。

「日本側も冷静に、大人の対応を」
こういうメディアの論調が多いですけど、なんで、
向こうは日の丸焼いたり、日本人人質に取ったり、レアアース禁輸したり
アマツサエ「尖閣(釣魚台)は中国の固有の領土」などと
なんーの根拠もない妄言を、向こうの政治家がまきちらしてるのに、
なんで? 日本だけ大人の対応をしなければならないのか?

大人の対応をすれば、向こうも大人の対応で引くとでも思っているのか?
あるいは、こちらも強く出れば、相手と衝突して
最悪の場合紛争になるとでも思っているのかね?
どちらもマチガイ。

彼等は、日本の対応を見越して、強行に出た場合、
どこまで踏み込めるかを見極めようとしているからだ。
ホンキで尖閣が自国(中国)領だなととは思っていない。
(国民は別。南京大虐殺とかと同様、真実だと思ってる。教育は重要だね)
無理は承知、それでも「日本は強く出れば引く国だ」と知っている。
そして、それがどこまで引くのかを試しているのだ。

日本がこれまでの近隣諸国との問題で譲歩に譲歩を重ねて
きたのを熟知した上での計画的作戦行動なのだ。

だいたいあれ「漁船」じゃなくて工作船だし、
「船長」も漁師じゃなくて「人民解放軍の大佐」だし。
衝突事故じゃなくて、「事件」だし。
また、来るよね。必ず。

その先は、まだまだあるけど、
何回でも理不尽な暴挙に出てくるだろうね。
日本が毅然とした態度を取ること、それだけが
中国を抑える唯一の方法なのだ。
それで戦争になる?・・・ならない。ならないの。
中国は強気で恫喝はするけど、絶対に勝てる場合でしかケンカしないの。
「実力を行使してでも、領土は守る」。この姿勢を見せることこそが、
無駄な紛争や、侵略、戦争を防止する有効な手段なのだと知るべきだ。

友愛、友好など彼等にとっては
日本(世界)に手を伸ばすための「方便」でしかない。
それで得をするのは、結局「中国だけ」なのだ。
実は、そうして拡大膨張しなければ、内部から瓦解してしまうのが
巨大多民族国家、中華人民共和国の抱えている、「切実な危機」なのだが。


それにしても、この日本のマスコミは死んでるってのが、
よく分かる事件がありましたね。
先週末の土曜日。東京渋谷で、「中国の尖閣侵攻」に対する
2,600人を超えるデモがあったのだが、大手新聞、テレビメディアは
すべて黙殺しました。

おいらもニコニコ動画で見たのだが、すごい大規模なデモだった。
NHKなんぞ、局のすぐ側を行進したのにまったく報道しない。
海外のAPやCNNは取材に来てたのに。「知らなかった」だと?
「米軍反対」だの「天皇反対」だのの、反日反米デモは
10数人規模でも終日報道するくせにね。

これはいったい、どういうこと、なんでしょうねえ・・・?
この国のマスコミは、いや「報道の自由(素材の取捨選択)」とは
一体、どうなっているのでしょうか。


ありゃりゃ、ヘンデルとヴィヴァルディの「マクラ」を
書こうとしたのだが、思わず、いや予想通り長くなってしまったわい。

ともかく、今までおいらは、イタリアのバロック・オペラについて、
「ヴェネツィア派」と「ナポリ派」の二分割で考えていたのだが、
大雑把に言って、それはちと違うのかもしれんな、ということなのだ。

いや、確かに「ヴェネツィア派」と「ナポリ派」に分けることはできるし、
様式的にも違いはあるんだろうけど、
ヴェネツィア派が廃れてナポリ派が起こった、とか、
ヴェネツィア派からナポリ派が発展していった、とかいう
単純な構造ではないということなのだ。

単純に時代的、様式的な観点で見ると、
「ヘンデルは、ナポリ派かどうか?」などという疑問が出てくるわけなのだが、
おいらは、その問は余り意味がないのかな?とも思い始めているのだ。

(というところでつづく・・・へんなの)
 
 
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