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ヴェネツィアとナポリ3

 投稿者:たけどん  投稿日:2010年10月19日(火)21時47分59秒
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  まず、ヴィヴァルディはバリバリの「ヴェネツィア派」だと言い忘れてました。

で、ヘンデルのロンドンでのオペラ活動は。

 1711~17年 デビューから7年間
ヘンデルは、ロンドンで「リナルド」を初演して大喝采を浴びる。
一番当たった作品ではないだろうか?
これがイギリスデビューとなるが、7年間で5作を発表する。その後、

 1720~28年 「王立音楽アカデミー(第一期)」時代。
 1729~34年 「王立音楽アカデミー(第二期)」時代。
 1734~37年 「コヴェント・ガーデン劇場」時代
 1738~41年 最後の4年間

最後といっても、1741年でヘンデルが亡くなったわけではなく。
あくまでも、オペラ創作に関しての話である。
これ以降、ヘンデルはオペラの創作を止め、オラトリオに専念することになる。

本格的にオペラを事業として始めることになる「王立音楽アカデミー」は、
国王劇場において、イタリア・オペラのシーズンを定期的に開催することを
意図した団体であり、王室や貴族から出資金を得て設立されている。

ヘンデルはこの団体の作曲家の地位にあったわけだが、唯一の、ではない。
同じくアカデミーに属していたボノンチーニのオペラのほうが上演回数が多いくらいだ。
また、これは王室に於ける公的な地位に就いたことを意味するわけでもない。
この「第一期アカデミー」時代が、ヘンデルのオペラ作品において、
最も充実した作品が多い時代となる。

アカデミーは、欧州の一線級(つまりイタリアの)歌手を集め、最高の
オペラを提供することを目的としていた。
そこで、イタリアなどから歌手をスカウトしてくるわけだが、これがまた大変。

「歌手という獣(けもの)は、同じ檻(おり)に入れておくには、危険すぎる」

スター歌手は、ソプラノであろうがアルトであろうが、
女性歌手であろうが、カストラートであろうが、「ワガママ放題、し放題」。
自分の歌うアリアが、共演者より少ないとへそを曲げるわ、舞台上でも
つかみあいのケンカをはじめるわ。
作曲家よりも自分の方が、オペラ上演においては上と、
勝手にアリアを変えたり、他の作品のアリアを歌い出したり・・・。
おまけに、当然のごとく莫大なギャランティーを要求する。
男性歌手のテノールやバスは、配役的にあまり重要な役は与えられないのがこの時代。

観客は観客で、アリア(しかも自分が贔屓の歌手が歌う)だけが目当てで、
レチタティーヴォのときは、ものを食ったり飲んだり、しゃべりまくり、
気に入らない歌手にはブーイングなのは、イタリアでも、イギリスでも同じ。

そんなこんなで第一期は、拠出金を使い切り破綻。
第二期においては、ヘンデルに対する反感がつのりアカデミーはついに分裂。
反ヘンデル派は「貴族オペラ」を興し、ヘンデルを国王劇場から追い出し、
ポルポラやファリネッリを擁して、ヘンデルに対抗する。

ヘンデルは、コヴェント・ガーデン劇場を拠点にとするが、
さしものロンドンも、二つのオペラ劇場を維持することは困難であり、
ついに両者は、共倒れとなってしまう(財政破綻)・・・あ~あ。

ヘンデルは、友人たちの「イギリス・オペラ」を興そうという誘いには
遂に乗らず、イタリア・オペラにこわだった。
それは、自作のオラトリオが喝采を浴びても、変わらず、
オペラが飽きられ始めた時点においても、イタリア・オペラを書こうとする
意欲を持ち続けていた。
だが、ついに最後の4年間でオペラの筆を折り、
オラトリオに新しい期待をかけるようになるのである・・・。


ロンドンに於ける、各時期の代表作は、

 デビューから7年間:「リナルド」「テゼオ」「アマディージ」。

 アカデミー第一期: 「ジュリオ・チェーザレ」「タメルラーノ」「ロデリンダ」
           「アレッサンドロ」「アドメート」。

 アカデミー第二期: 「オルランド」。

 コヴェントガーデン:「アリオダンテ」「アルチーナ」「ジュスティーノ」。

 最後の4年間:    「セルセ」。

アカデミー第一期が、創作時期として一番充実しており、
「ジュリオ・チェーザレ」「タメルラーノ」「ロデリンダ」の3作は、
ヘンデルの、生涯の頂点を形作っている(ウィントン・ディーン)と言われている。
コヴェントガーデン劇場期の後半以降、作品もパッとしないものが多くなる。
それは、ヘンデルは体調を崩し、
「かつてのように悪い台本を用いて、立派なオペラを作り上げることが
できなくなった(ディーン)」からである・・・。

37年~38年シーズンで、ヘンデルのオペラ団と、貴族オペラは双方とも
財政が破綻し、ヘンデルはついに卒中の発作を起こしてしまう。


しかし、それでもヘンデルは、諦めない。ひるまない。(つづく)
 
 
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